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昭和の主張 Archive

粋な黒塀、横綱鉄竜ほか・・・・・・昭和の主張

17.4 .22 ママチャリング (95)
①粋な黒塀=まだお住まいになっている様子。
どのような昭和の粋人が・・・・・・・。
17.3.29 ブログ用散歩、燻製 (22)
②横綱鉄竜=しこ名を付けたくなるくらいどっしり。
もう何年、いや昭和のころからここに置かれっぱなしなのでは?
あまりにも重くて動かせず、周囲は資材置き場となっているようだけど、
鉄竜だけはそのまんま。
17.4 .22 ママチャリング (2)
③ツタが絡まっていた=チャペルならぬ倉庫?
昭和の頃はよく見られたツタ光景。
17.4 .22 ママチャリング (91)
④和菓子屋だった?=岡埜栄泉堂は有名な和菓子の老舗。
岡埜玉泉堂さんも和菓子屋さんだったのか?
17.4 .22 ママチャリング (101)
⑤レンガ造りの倉庫=お金持ちの家には倉庫があった。
硬い石の倉庫、大谷石の倉庫、レンガ造りの倉庫、土壁造りの倉庫(農家?)、漆喰造りの倉庫(商家)・・・・・・・、
どれも屋根が瓦であることが共通しているように思う。

      ★

※明日から9日間、旅行(スキューバ・ダイビング)へ行きます。
ブログ(ゴローの「ここの記」日記)は繋がり次第再開。

奇跡の電話ボックス?・・・・・・・昭和の主張。糸トンボの季節

17.5.4 ブログ用・散歩、緑の公衆電話 (44)
どれくらい使用されているのだろうか?
何となく埃っぽく、上部には錆が・・・・。
17.5.4 ブログ用・散歩、緑の公衆電話 (56)
バスの終点(停留所)のど真ん中に電話ボックスはあった。

★残された電話ボックス

僕がボーイスカウトにかかわっていた時の仲間4人で会食をした。
仲間の一人とは20数年ぶりだ。

話はお互いの近況、そして病気、医者の話。
華やかな昭和バブル時代を生きた
お爺たちの定番の話だ。

      *

今日のカテゴリーの昭和の主張はそんなことではない。
会食を終えて歩いて帰宅途中、
我が団地にあるバス停の前に
グリーンの公衆電話ボックスがあったのに気付いたことだ。

もう1年半利用しているバス停なのに、
今日まで全く気付かかなかったのはどういう訳?

目立たなかった、
全く関心がなかったから?
理由はそれなりにあるのだろうけど・・・・・・。

それよりも、利用者はいるのだろうか?
いたとしたら月に何本くらい利用されるのだろう?
奇跡の残された電話ボックス?

モチ、NTTが採算が取れているとは思えない。
これから先、どうなる?

僕としても
この奇跡の電話ボックスから目が離せなくなった。

      ☆

★糸トンボの季節
17.5.4 ブログ用・散歩、緑の公衆電話 (13)
鴨川の遊水池に糸トンボがいた。
今日は数匹見ただけだが乱舞がみられるのは間近。
17.5.4 ブログ用・散歩、緑の公衆電話 (33)
多分、野アザミ(間違っていたらゴメンナサイ)。
山で見る野アザミより地味?控えめ?
やっぱり川べりに合うのかも・・・・・・・。

畑のコンクリート円塔・・・・・・昭和の主張。29日・第44回季風会展7日目(最終日)

17.4 .22 ママチャリング (60)
このコンクリート円塔が作られたのは昭和40年頃。

★自給自作(足)を目指して・・・・・・

畑の真ん中に立つコンクリート円塔は何なのか?

畑の持ち主に聞いた。

      *

地下水をくみ上げて貯めておくタンクなのだそうだ。

この辺りは台地でありかつては
水を引く用水もなく土地は不毛とまで言われたらしい。

当然、コメは出来ない。
せめて畑を耕して自給自作(足)を目指したいと開墾を始めた。

そう古い話ではない。
地主さんの話では昭和40年頃のことらしい。

このタンクに吸い上げた水を
畑に撒いたのだと教えてくれた。

      ☆

29日
★・・・・・・第44回季風会展7日目(最終日)

帰宅時が12時を回ってしまった(ブログの日付が翌日になってしまう)。

季風会展示の最終日には
会場の片づけ終了後は打ち上げが恒例となっている。

昨日まで3連チャンで行った店(ノア)で8時までいた後、
半数がカラオケに流れた。

モチ、僕も参加。
そんなわけで遅くなったのだ。

7 17.4.29 季風会打ち上げ・登川カラオケ (23)
カラオケは銀座のビッグエコー。

      *

✺展示作品紹介⑥
17.4.23 季風会一日目 (13)
『水ぬるむ頃・山宝寺池』西村弘美 F20号
17.4.23 季風会一日目 (17)
『テーブルの上の果実』西村弘美 F8号
17.4.23 季風会一日目 (20)
『道場寺の鐘楼』西村弘美 F10号
17.4.23 季風会一日目 (25)
『モチーフいろいろ』西村弘美 パステルF8号
17.4.23 季風会一日目 (29)
『ブーツを履いた女性』西村弘美 F12号

トタンの錆色・・・・・・昭和の主張

17.4.10 鴨川桜散歩と青柳個展 (127)
錆びたトタンの屋根と囲いが懐かしい昭和を思い出させてくれた。
17.4.14 モダンアート展⇒花見⇒新橋 (159)
このハウスが新築の家に変わるのもそう先の事ではない?

★平成の28年間を象徴?・・・・・・・昭和の主張

我が家近辺は宅地開発が急で、
畑が真新しい新建材の家々に変わりつつある。

トタンって今の若い人は知らないのでは?
聞いたことがあるくらいか?

終戦前のことは知らないが、
戦後昭和40年頃まではトタン屋根の家はまだまだ多かったように思う。

ピッカピカの亜鉛板のトタンはもうなかなか見ることはできない。
そー言えばトタンのバケツならたまにスーパーなどで見かけるかなァ。

      *

錆びたトタンの屋根と囲いが懐かしい昭和を思い出させてくれた。

この錆色がバブルの崩壊から立ち直れなかった
平成の28年間を象徴しているように思えて・・・・・・。

      ☆

CIMG7415.jpg
★金時山頂上から(途中・パステル6号)。

      ☆

★季風会はいよいよ23日(日)から開催!
東京、有楽町方面にお出かけのついでにでもご笑覧いただければ幸甚。
僕はほぼ毎日会場におります。↓

案内状名簿
案内状アドレス

踏切だった?

17.2.1 散歩・踏切の跡  (5)
写真① 突然姿を見せた踏切跡?
17.2.1 散歩・踏切の跡  (7)
写真② 線路沿いの樹木が切られていた。
17.2.1 散歩・踏切の跡  (14)
写真③反対側へ確認に行った。
正面のガードレールの道はすぐ左で西大宮バイパスへ合流する。


★30年位前のことか?

JR埼京線の線路沿いの樹木を切り倒したら、
見慣れぬ風景(もの)が・・・・。

ここは踏切だったのではないか?

      *

確認すべく、
線路の反対側に回ってみた(写真③)。

白いガードレールの道は
西大宮バイパスに合流するロータリー。

バイパスの開通が1996年(ネット)、
工事が始まったのはそれより10年以上前とあるから

30年くらい前にもなるのだろうか?
それまでは踏切があった(だった)・・・・・・多分。

清澄3丁目はそのまんま変わらぬ風景

16.10.30 玲子納骨・パンク  (9)
僕が物心ついて以来変わらぬ清澄3丁目。
建物の後ろの緑(樹木)は清澄庭園。

★感動度★★★ もう一度いきたい度★★★

僕の実家から歩いても5分とかからぬ所にこの建物群はある。
以下、適切なブログがあったので引用させてもらう。

ブログ名は"東京の古い町並み"。
そのトップページから江東区をクイックする。
アドレスは http://www.geocities.jp/tokyo_oh_net/index.html  ↓

●関東大震災の教訓
 清澄白河駅のA3出口を出てしばらく歩くと,驚きました。
看板建築風の建物が30数棟ズラリと並んでいるのです。
関東大震災後,絶対に壊れない住宅を,
ということで昭和3年に「強固な鉄筋」で造ったそうです。
鉄筋2階建てで,5~6軒で一つの棟を造り,
次の棟との間に空き地を造りました。
これは延焼をすこしでも防ぐためです。
さらに地下室を造り,屋上は隣の家に避難できるようにしてあります。
これらはすべて関東大震災の教訓から造られました。
(※ブログ東京の古い町並みより)。

      *

僕が生まれてからも71年、
ほぼ変わらずにあるのだ。

30数棟の中に小学校、中学校の同窓生が数人、
高校まで同じだった人もいる。

      *

昭和48年に区役所が現在の東陽町に越すまでは、
区の中心部は実はこのあたりだった。
区役所も警察署も図書館も歩いて2、3分の場所だったのだ。

しかし、区役所が引っ越してしまうと中心は区の東方へ移った。
この辺りはすっかり発展から取り残されたようになってしまったのだ。

      *

それが幸いしてか、このあたり(清澄白河)昭和の下町風情が残ったのだ。
区役所のあとは江戸資料館となり、三好通りが残り、
近くの門前仲町、清澄庭園も加わって下町ブームが生まれたのだ。

最近は美味しいコーヒーで脚光を浴びているようである。

      *

なお"東京の古い町並み"のブログの主は、
東京中の古い町並みの中から
特別に「感動度」と「もう一度行きたい度」
を星の数で採点しているのだが、
清澄3丁目はそれぞれ3つ星をもらっている。
(感動度★★★ もう一度いきたい度★★★)。

3つ星をもらっている東京の街並みはごく少ない。
なお、全ページを検索したところ、
4つ星はひとつ(浅草)、
5つ星もひとつ(しょんべん横丁)だけだった。

銭湯とサツマイモの蔓煮・・・・・昭和の主張

16.8.26 山田郁子先生小品展  (13)
銭湯「日進湯」

★昭和の主張①・・・・・銭湯「日進湯」

ずいぶん前のこと、
何かの事情で家のお風呂が使用できないことがあった。

その時に家族5人で行ったのが日進湯だった。
昔ながらの富士山の絵。
そこには昭和がそのままあった。

※詳しくは↓
http://tokyosento.com/archive/other/5487/

       ☆

16.10.13 釜戸山  (7)
サツマイモの蔓煮。蕗に近い味。

★昭和の主張②・・・・・サツマイモの蔓煮

畑をやっている知人の奥さんが持ってきてくれた。
今どき食べる人はあまりいないのではないか?

戦争中、あるいは戦後の食糧難の時代に食べたものだと
親から聞いたことぐらいはあるかもしれないが・・・・。

      *

食べて特別に美味しいということはないが、
強いて言えば蕗に近いかなァ。

蕗の料理も面倒だけど、
サツマイモの蔓はさらに面倒らしい。
・・・・っていうか料理法(煮方)を知っている人って少ない?

知人の奥さんはそのことを強調していた。
昭和の味、思い出の味のひとつかもしれない。
僕も初めて食べた。

現役?のお米屋さんの店構え・・・・昭和の主張。

★現役?のお米屋さん・・・・昭和の主張

大宮駅東口前から縦に東に向かう大通り。
高島屋の先200㍍もいかないところ。

派手なクリーンニングと中華料理屋に挟まれて、
たたずむようにあるのが古いお米屋さん。

まだ現役で商売をされている様子(多分)。
店の右端にはこれまた古い精米機が覗ける。

やっぱり、頑張れ!・・・・と声を掛けたくなる。

16.3.12 工房館展⇒誠美堂⇒銀ブラ⇒銀座画廊 (69)
まだ現役で商売をされている様子(多分)のお米屋さん。
16.3.12 工房館展⇒誠美堂⇒銀ブラ⇒銀座画廊 (71)
平成の派手なクリーンニングと中華料理屋に挟まれて・・・。

         ☆

★散歩の花道
16.3.25 ブログ用散歩ほか (24)
咲きそうなモクレン。
16.3.25 ブログ用散歩ほか (27)
ヤグルマソウ。
16.3.25 ブログ用散歩ほか (29)
一輪咲は可憐です。スイセン(多分)。

なんだか分からないが窯のような物

15.1.8 昭和の主張(2)
前を通るたびに蓋を開けて中を覗き込みたくなる。

★なんだか分からないが窯のような物

鉄製。
下部に開いている口は火を燃やすためか?
とすると窯か?

蓋はどのように開けるのだろう?
回転するようには見えないから、
そっくり上から外すのかなァ?

なぜこのうちは塀のそと、道路ぎわに置いているのだろう?
いつ頃から置かれているのだろう?

前を通るたびに蓋を開けて中を覗き込みたくなるのだ。
中に昭和が詰まっていたりして・・・・・。

明日も多分、
この鉄製のなんだか分からないが窯のような物の前を通る。

取り残されたんじゃない、頑張っているのさ

15.1.15 民謡 もえぎの会 (3)
取り残されたんじゃない、頑張っているのさ。

★銘茶 小峰園

シャッターアウトの商店街通ると寂し~く、切な~くなる。
一方、シャッターを下ろしてない商店の前を通るとなぜかホッとする。

とくに昭和のまんまがいい。
取り残されたんじゃない、頑張っているのさ。

懐かしねェ。若い人との会話はいいねェ。気持ちいいねェ。手に汗握る面白さ

★若い人との会話はいいねェ

久しぶりに30代の若い知人Oさんと会いお喋りを楽しんだ。
Oさんは海外旅行、おもに日本を訪れるタイの観光客を取り扱っている。
出張も多く、忙しい中を時間を作ってくれた。

Oさんの仕事の話やタイとラオスに住む共通の友人の話。
原発から政治のかかわる話題まで話につい熱が入る。

若い人との会話はいいねェ。
気持ちも若がって背筋が伸びた気がしたね。

        *

15.1.20 雪道散歩・プロフェッショナル映画 (34)
懐かしい三橋美智也の1時間番組。

★“達者でなァ”と“暁に祈る”

BSで歌謡番組「昭和は輝いていた」で三橋美智也をやっていた。
とても懐かしい。

昭和歌謡がブームみたいに地上放送でも毎週のように放送されているが、
なぜか三橋美智也はあまりお出ましにならないような気がしていた。

三橋美智也といえば
レコード1億枚以上を売り上げている昭和歌謡のトップランナー(ネット調べ)・・・・なのにだ。
僕の小・中学の頃、歌謡曲ベストテンでは常に1位だったような。

       *

三橋美智也の唄(曲)への僕の思い入れの理由はこうだ。
僕が30から40代のころ、
会社近くに三橋美智也の妹さんがやっているスナックがあったのだ。

その店には僕は何度も通った。
モチ、三橋美智也の歌が思い切り歌えたからだ。
“達者でなァ”などはママ(妹さん)と合唱したものだ。

三橋美智也の子供の頃の話、
活躍中から結婚して離婚、失意の晩年の事まで、
ママは行くたびに兄・三橋美智也の思い出話をしてくれた。

       *

ついでを言わしてもらえば、
その店では軍歌がよく歌われていた。
モチ、僕も好きで“暁に祈る”など何度も歌っている。

懐かしねェ。

       ☆

15.1.20 雪道散歩・プロフェッショナル映画 (1)
サクッ、サクッと雪を踏む音がたまらなくいいね。

★至福の散歩

登山靴を履いて2本ストックで雪の上を歩く。
気持ちいいねェ。
今朝の散歩は至福の散歩。

       ☆

15.1.20 雪道散歩・プロフェッショナル映画 (15)
娯楽映画の傑作ではないか?

★映画NHKBS3ch 「プロフェッショナル」  1966年 アメリカ

アクション西部劇というのだそうだ。
手に汗握る面白さ。
テンポの速さもロケ地も目を見張る。
娯楽映画の傑作ではないか?・・・・と、それにしてはラストがあっけない。

街を歩けば昭和に当たる?・・・・・撮り溜めショット

★壊されるまで・・・・

歌謡番組では昭和の歌が人気のようだ。
昭和の歌謡に親しんだ人が多いということなのだろう。

懐かしい昭和は歌ばかりじゃない。
街を歩けば昭和に当たる?

まァ、“当たる”というだけ昭和の遺物が少なりつつあることなのかもしれない。
いずれ壊される運命にあると思われる昭和だ。

壊されるまでその場所で昭和を主張し続けて・・・・。

15.11.1 引っ越し中の写真 (33)
大谷石の倉庫(JA)。
15.12.25 昭和の風景(1)
農家、何に使用していたのか?右の建物は日帰り温泉。
15.12.28 義郎見舞い (24)
深川の実家近く。
15.12.29 散歩・わらアート・古代ハスの里 (37)
元農家の庭?今は資材置き場兼駐車場。
15.12.31 ブログ用(2)
大宮高島屋の裏。元遊郭の建物か?
もう長い間壊されずある。

昭和の名残りに?・・・・『自警団』

手ぬぐい、パスポート、深高の月謝帖などガラクタ (5)
『自警団』は昭和の名残りになってしまうのか?
写真の南部自警団器具置場は誰が管理しているのだろう。

★昭和の名残りに?・・・・『自警団』

“昭和の主張”はこのブログの新しいカテゴリーだ。
だんだん薄れていく昭和を惜しむのである。

今回は『自警団』。
いまや各地で風前の灯火であるらしい。

かってはどこの村でも町でも自警団が存在したのではないか。
モチ、現在でも立派にやっている市町村はあるだろうし、
自警団(消防団?)が盛んな企業もあるだろうが・・・・・。

     *

地元馬宮地区の農家のご主人の言によれば、
ここでは(馬宮地区)もうとっくに自警団はなくなっているとのことだ。

やる人、やる若者がいないのだそうだ。
消防用のポンプは自分が譲り受け納屋にしまってあると話していた。

いずれ『自警団』は昭和の名残りになってしまうのかも?

       ☆

15.12.24 映画秋刀魚の味 (10)
「秋刀魚の味」は見てほっこりする映画。昭和が満載。

★映画NHKBS3CH 「秋刀魚の味」 小津安二郎 1962年

最近、“ほっこり”という言葉(表現)が盛んだが、
この映画はまさに見てほっこりする映画だ。

まさしく昭和が満載の映画。

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