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ゴローのバンコク・記憶遺産 Archive

夜空の笑顔・・・・・・2008年12月1日バンコク。高麗川スケッチ

08.12.1夜空の笑顔 (57)
皆が幸せな気分になった?夜空の笑顔
08.12.1夜空の笑顔 (45)
08.12.1夜空の笑顔 (51)
いったい夜空に何が?

★夜空の笑顔・・・・・・2008年12月1日バンコク・アヌサワリーにて

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

その日、オフィスからの帰り、途中の乗換駅での事だった。
改札口から歩道橋に出ると、歩行者たち皆が立ち止まり
携帯(カメラ)を空に向けている。

いったい空に何が?

      *

二つの星が目になって
ちゅうど口のあたりの月が笑っている。

夜空に巨大な笑顔が浮かんでいるのだ。
この夜空の笑顔を見た人たち皆が幸せな気分になった・・・・・・多分。
モチ、僕もだ。

      ☆

★高麗川スケッチ・・・・・・・0号・水彩
スキャン_20191028 (3)
昨日のおいらく祭りスケッチ山行で描いた。
川の水は前日の大雨で濁っているのだが、
茶色で描くと何だか分からなくなってしまうので清流にした。

      ☆

★Youtube映画「浮草」
19.10.28 映画浮草、
Youtube映画「浮草」=小津安二郎監督 1959年
最後に何となく収まってホッとする映画。
浮草のように切ない内容かと思ったらやっぱり小津監督らしいやさしさが。
とてもいい映画だと思うのだが、この年のキネマ旬報のベスト10に入っていない。
1959年にはいい映画が多数制作されていて選考からこぼれてしまった?

色彩豊かな木造船が並ぶ・・・・・・2007年・バンコク記憶遺産。Youtube映画「書道教授(TV)」「東京交差点」

★アユタヤの船工場・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産 2007年

カメラマンの助手として行ったアユタヤの船工場?
(もしかして古船置場か住居、あるいは宿かも)。
アユタヤは世界遺産の遺跡で有名なところだ。

モデルを連れて雑誌の表紙の写真を撮影しに行ったのだが、
カメラマン氏はバックに遺跡を選ばずこの船工場を選んだ。

古い船から修理中のものまで、
カラフルで色彩豊かな木造船が並ぶ。

遺跡もいいが、
この船工場もGooだった。

1 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 065 (2)
2 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 031 (2)
3 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 039 (2)
4 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 036 (2)
5 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 068 (2)
6 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 049 (2)
07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 066 (2)
7 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 051 (2)
8 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 052 (2)
川べりには船の家が並ぶ。
9 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 063 (2)
船の家の中を覗かせてもらった。


      ☆

★Youtube映画「書道教授(TV土曜ワイド劇場)」「東京交差点」
10 DSCF4928 (3)
Youtube「書道教授(TV土曜ワイド劇場)1982年 原作・松本清張
松本清張の推理小説は何(十)年たっても古くならないなァ。
      *
11 DSCF4934 (2)
Youtube映画「東京交差点」 松井稔監督 1991年
3話からなるオムニバス映画。
3つの内容(社会問題)は30年近くなる今でもちっとも解決していない。

炭焼き(窯)とカブトガニ(2009年)・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産


★炭焼き(窯)とカブトガニ・・・・・・2009年

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"とは
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

在タイ中、住まいのあったバンコク近郊の街ランシット。
けっこう大きな街で広く人口も多い。

幾本かの運河が流れ、
古くからの商店、大学、大きな団地、
日本から進出した企業の工場などの街。

      *

そんな大都会でも、
広い道路から一歩脇へそれると、
もう田園が広がるのだ。

あるいは背の高い草に覆われた広大な原っぱ。
200m×100mもありそうな田んぼ。

そんなところをよく自転車で散策した。

09.2.9サイクリングクローン3~4 (25)
炭焼き釜=釜の中はどうなっているのか見なかった。
空き地の一画に作られていて、
脇に炭にする原木が置かれている。
原木は何の木でもいいみたいで、
建築古材でも炭になると聞いた。
もちろんそんなのは良質の炭ではなく、
ために火花に注意しなくてはならない。
ある日、街路樹を剪定している人に、
大量の切った枝はどうするんですかと聞いたら、
炭にするんだと言っていた。
③料理用カブトガニ (2)
食用のカブトガニ。
日本では天然記念物に指定されている県もあるようだ。
ウキペディアには日本では絶滅が予定されているとあった。
タイでも食用は認められていないと聞いたが、
実際は食べることが出来る店があったのだ。
僕が食べたのは卵のようなものだったけれど、
ネットの画像には調理の各種乗っている。
フェイスブックには調理方法を動画で紹介していた。
そこにはカニの身も写っていたような・・・・・・。
50年近くも前のことだが僕が瀬戸内海に行った折、
世話になった漁師の家の網にカブトガニがかかっていた。
珍しいので写真を撮らせてもらったりしたが、
彼はそのカブトガニをすぐに始末してしまった。
漁師にとっては害をもたらす何物でもないようだ。
ちなみに、食べた時の味は
・・・・・・・硬くボチボチした感じで美味しいとは思えなかった。
※身は食べていないので味は分からない

そそっかしさが治らない。火事を見た・・・・・・50戸の煙

★4件

そそっかしさが治らない。
子供の頃からそそっかしいと言われ続けているが、
それが73歳の今になって治らないのだ。

①孫娘の入学手続き書類の記入欄、
住所と名前の欄を反対に記入してしまった。

②メールを違う人に送ってしまった。
かなり詳細な打ち合わせ内容なので、
誤送信されたひとはナンノコッチャだったろう。

➂ファクス誤送信。
今年度の資料を送るはずが昨年の資料を送信してしまった。
しかも2ヵ所(社)。
お詫びのファックスを含め合計6枚を送信する羽目に。

④絵の教室。
イーゼルを移動させるのに後ろのつっかい棒をモチーフの花瓶に当てて落とす。
割れなかったからいいもの、先生が家から持って来た高価なものと知る。

1週間で・・・・・・まだまだ探せば(思い出せば)あるかも。

      ☆

09.2.23火事 (7)
この煙の下で焼けた家は50戸。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

★50戸の煙・・・・・・2009年

バンコクのオフィスの窓から見えた火事の煙。
翌朝の新聞に50戸が焼けたとあった。

印象に残る火事と言えば阪神大震災、
9.11の燃えながら崩れ落ちる世界貿易センタービル。

直近ではノートルダム大聖堂。

      *

“火をつけてこい”と言って辞任した市長さんがいたけれど、
バンコクでは普通に言われていたような・・・・・・。

スラムの住民を退去させる方法なのだと聞いたが
真偽のほどは定かでない。
いずれにせよオフィスから見た煙で50戸とは・・・・・・。

篠原の白玉ねぎは5㎏で(@_@)\(◎o◎)/!円。バンコクの路上美容院?

19.2.16 タマネギ (3)
右の小箱が“篠原の白玉ねぎ”
左の大箱は新玉ねぎ。

★1個200円前後で・・・・・・

篠原の知人から新玉ねぎが送られてきた。
篠原は浜松市西区に位置する。

ここは玉ねぎが名産品。
“篠原の白玉ねぎ”と言えばブランド品として人気だ。

      *

通販ネットで調べたら5㎏で3000円ほど。
以前、スーパーで1個200円前後で売られていた。

      ☆

07.3.25 チャイナタウン001 (85)
つるつる顔に・・・・・。

★路上美容院?・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産(2007年)

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

     *

バンコクの街角で何度か目にした光景。
両手で引っ張った糸を顔に当ててピーンと弾く。

何をしているかと言うと、
顔の産毛をカットしているのだそうだ。

もしかして抜いている?
産毛剃り?

これは路上美容院か?
終わった後はきっとつるつる顔になっているに違いない。

猛毒コブラの巣が庭に・・・・・・2008年(ゴローのバンコク・記憶遺産)。お焦げ

★あと片付けと山行選びで1日が・・・・・・。

昨日のハイキングのあと片付けは、
洗濯と寝袋、ザックの日干しなど。

朝から昼過ぎまでかかってしまった。
さらに、1月後半と2月の山行を決め申し込みに3時間あまり。

参加する山行を決めて(選んで)申し込むのは楽しいのだが、
けっこう時間がかかるのだ。

      *

夕方、買い物に行き、
夕食のオサンドンで1日が終わってしまった。

      ☆

19.1.7 お焦げ (2)
おかずのかき揚げの甘いタレにピッタシ。

★お焦げが旨い

夕食のメインは山菜と栗の混ぜご飯。
炊飯器で炊いたのにラッキーにもお焦げができていた。

混ぜご飯のお焦げは旨い。
口の中に醤油の香りがバーッと広がる。

      *

おかずのかき揚げの甘いタレにピッタシ。

      ☆

★庭に猛毒コブラ(多分)が出現……2008年(ゴローのバンコク・記憶遺産)

※ゴローのバンコク・記憶遺産は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

バンコク滞在中、僕は勤務先の社長のご自宅(バンコク郊外)に住んでいた。
ある日、社長が玄関の扉を開ると、
目の前に鎌首をもたげたコブラが・・・・・。

驚いた社長はすぐさま扉を閉め避難。
しばらくしてコブラは姿を消したらしい。

僕は「まさか社長は幻でも見たんじゃないの?」
みたいなことを言ったように思う。

ところが、それは幻ではなかった。

      *

それからしばらくたったある日
社長の飼い猫が瀕死の大けがをして帰ってきた。

それは紛れもなく毒に噛まれた傷。
動物病院へすぐに連れて行くも回復までには3ヵ月を要した。

なにしろ愛猫の毛と皮が剥け、ただれた皮膚がむき出しになっていたのだ。

      *

そして、再び社長はコブラと遭遇。
今度は果敢にも正面から闘いを挑み見事これを退治した。

※この退治したコブラを家の前の空き地に放置して置いたら、
現地の人が来て100バーツ(当時のレートで300円)で買い取って行った。
聞けば食べるのだとか。

      *

そして、3度目の遭遇は僕も同乗しての会社から車での帰宅。
家の前に長い体を伸ばしてゆっくりと這っていたいた茶色の大ヘビ。

社長はそのまま車を移動させそのヘビをひき殺した。
3度往復して完全に息の根を止めてから、その長さを計った。
何とほぼ2m。

      *

あまりにも頻繁に出るので、
何処かに巣があるのではと疑っていた矢先、

社長は庭の草刈をしている最中に4度目の遭遇。
そのままヘビの行先を追って行ったら、
水槽タンクの真下に穴が・・・・・・・。

44 09.3.1第2のコブラ (10)
3度目出現の大ヘビ(体長2m)。
3度車でひき殺す。
44 頭を潰して殺したコブラ
2度目出現のコブラは地元の人が食べるために買い取って行った。
44 08.11.9コブラの巣を塞ぐ (8)
近くに住む社長と仲良しの中国人のおじさんが、
コブラの巣にコンクリートを流し込み穴を埋めた。
それ以後ヘビは出なくなった。
44 08.11.8噛まれた猫の傷
社長の愛猫がコブラに襲われて瀕死の重症。
写真はおそよ2か月たったころ。
噛まれた直後は尻尾の付け根くらいまで傷口が広がっていた。

学生の街のライブスポット(会場)・・・・・・2008年・バンコク郊外

08.10.26クローン6の人々 7のロータスにて その1 (1)
電球の灯り、端板で作った建物
・・・・・・・が、学生街の雰囲気を醸し出している。

★常設ライブ会場

バンコク郊外の学生の街は田園の中にあった。
街には学生寮が立ち並び、
いつでも若い人(モチ学生)で溢れていた。

     *

市場や屋台の並ぶ一角の空き地にあったのが常設ライブ会場。
何より学生街の雰囲気を醸し出していた。

時たま、土曜日の夕方になると
入口にチケット売り場が出来ていた。

ステージ前にはいくつかの椅子が並べられて、
いかにも急ごしらえの会場。
でも、それがいかにも学生街らしかった。

美女の笑顔を自動車ショーで・・・・・・2008年・マイペンライの人々。本「藪枯らしの純次」船戸与一


★美女の笑顔を自動車ショーで・・・・・・マイペンライの人々(2008年)

※タイのバンコクで生活を送った日々(2007~2009年)。
多くの人に会い、多くの人にお世話になった。
多分、数百人の笑顔に接したのではないかと思う。
それはマイペンライの笑顔。
忘れ得ぬ笑顔だ。
08.3.27自動車ショー (96)
08.3.27自動車ショー (94)
08.3.27自動車ショー (58)
08.3.27自動車ショー (51)
08.3.27自動車ショー (30)
いまでも彼女らをコンパニオンと呼んでいるのだろうか。
      *
スチュワーデスからキャビンアテンダントに変わったのはいつごろかしら。
前回、セブへ行った折、
僕は知らずにスチュウワーデスと言ったら同行者から笑われてしまった。
でも、キャビンアテンダントなど覚えにくい。
日本語の客室乗務員ではだめか?
ところで自動車ショーの美女たちは
いまでもコンパニオンでいいのだろうか。

      ☆

スキャン_20180912
後半なって著者らしいハードボイルド風になった。

★本「藪枯らしの純次」船戸与一

前半は松本清張が世に出現する前の
江戸川乱歩か横溝正史スタイルの探偵小説(風)かと。

後半なって著者らしいハードボイルド風になってきたけど、
読み終えるのに時間を要した。

とてもあの名著「満州国演義」を書いた人とは・・・・・・みたいな。

牡蠣とキンキ。トッケーに遭遇したけど・・・・・・いいことあったかなァ(2007年)

★規格品外?

明日の山行がまた悪天候で中止になった。
脚の筋肉のツッパリ感がやっと収まってきたので、
楽しみにしていたのだ。

来週の月曜日にスケッチハイクの予定がある。
それまでお楽しみは先伸ばしだ。

      *

火曜日はイオンの特売日。
僕にはつい余計なものまで買ってしまう“買い過ぎ注意日”
でもある。

そこで、改めて気づいたことがある。
それはふだん店に並んでいない珍しい物があるということだ。
しかも廉価。

今日気づいたことというのは
それらは規格外品なのじゃないかということ。
どれも小さい、小型、小粒なのだ。

別にそれが問題という分けじゃない。
むしろ僕はそういうのを積極的に買うタイプ。

今日も牡蠣とキンキを買った。

CIMG9799.jpg
殻付き牡蠣が20個くらいで498円。
殻は小さくても身は大きかった。
とても一度で食べきれない。
CIMG9804.jpg
キンキは超高級魚。
小さすぎ?だが6匹で298円。
美味しく煮つけたつもりだが
妻は一匹食べたところで
かわいそうでもう食べられないですと。


      ☆

07.3.17カオヤイ手前の自然公園001 (27)
こいつ(トッケー)は公園内の東屋の壁にいたもの。

★いいことあったかなァ?・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産 2007年

バンコク近郊の国立公園に行った時に遭遇。
鳴き声が聞こえても姿を見ることはなかなか出来ないと聞いていた。

こいつ(トッケー)は公園内の東屋の壁にいたもの。

      *

ハワイではこいつを見るといいことがある、
バンコクではこいつの鳴き声を5つ数えるといいことがあると聞いた。
フィリピンではこいつの鳴き声6つを2回聞いている。

いいことあったかなァ?

      *

こいつは暖かいとこへ行けば
お土産品などのグッズとして多種見ることが出来る。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

ドリームランドへ渡る橋・・・・・・2007年(バンコク)

07.10.15クローンに掛かる木橋 027
運河に架かる橋を渡ってドリームランドへ。

★ひとり遊園地

僕は遊園地が嫌いな方ではない。
ディズニーランドファンみたいに月に何回も行くとかではないけれど・・・・・・。

子供が小さかった時、そして今は孫と年に1、2回は行く。
行けばアトラクションにも乗る。

ひとりで行ったこともある。
来園者が少なくてひとりゴンドラ、
ひとりジェットコースター経験もある。

      *

タイのバンコク(近郊)でいちばん大きな遊園地がドリームランド(2007年当時)。
下宿していた家から自転車行ける場所にあった。

アトラクション乗り放題の一日券が1500バーツ(4500円)。

絶叫というほどのアトラクションはなかったが、
野外の戦争劇みたいのがあって結構楽しく過ごせた。
モチ、ひとり遊園地だ。

      *

ラオスで絵画教室を開いていた時、
日本で10数年育ったという双子の中学生に聞いた。

ゴロー××「日本にあってラオスにないもので、
一番欲しいものは?」

2人は同時に答えた。
双子の中学生××「遊園地」。

静かな白岡駅東口駅前。ワニが逃げて大騒動も・・・・・・"ゴローのバンコク・記憶遺産"

17.12.19 白岡駅東口 (4)
どこか山の中にでもいるかのような静寂さが漂う。

★不思議なほど静かな白岡駅東口駅前

所用で宇都宮線の白岡駅の東口に車で行った。
何度か待ち合わせなどでも来たことのある場所なのだが、
いつ来ても不思議なほど静かなのだ。

東京近郊の通勤駅となれば、
それなりの車や人の数、賑いなどを感じるものだが、
ここにはそれがない。

少なくとも僕が来た数回は時間を問わずいつも静か。
どこか山の中にでもいるかのような静寂さが漂うのだ。

朝夕の通勤時間帯はどうなのだろう?
みな静かに歩き、大きな声で喋ったりはしないのではないか?
つい、そんなふうに思わせるほどの静かさ。

      *

駅前ロータリーの陽だまりに車を止めて、
30分ばかり昼寝した。

      ☆

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。
09.2.8A家のサムットプラカーン (95)
いったい何匹のワニが飼われているのやら。

★ワニが逃げて大騒動も・・・・・・"ゴローのバンコク・記憶遺産"

ワニだらけ。
ここはバンコク市内の動物園内のワニ園。

写真に写っているのはコーナーの一ヵ所に過ぎない。
ワニの大きさ別にいくつものコーナーがあって、
いったい何匹のワニが飼われているのやら。

大きな口の中に手を入れたりのショーも見ることが出来る。

      *

十年以上前になると思うが、
バンコクが洪水に見舞われた時、
数千匹のワニが逃亡したそうな。

すべてのワニを回収できたかどうかは知らないが、
大騒動であったことは確かだ(当時のニュース)。

      ☆

※明日は一泊ハイキングでブログはお休みです。

あまりに色っぽい、買って帰ろうかと・・・・・・2009年(バンコク)

★年賀状のあて名書き

山行が中止になって、
一日中どこも出ずに家の中にいるというのも困りもの。

すぐに代替えを考えればいいのだけど、
何をしようかなどと思っているうちに一日が終わってしまう。

それでも年賀状のあて名書きを始めた。

      ☆

②グレット島
脚のリアル感が・・・・・・。

★あまりに色っぽい素焼き(2009年)
※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

バンコク市内を流れるチャオプラヤー川の中州にあるクレット島。
近くて旅情を味わえる手軽な観光スポットして多くの観光客が訪れる。

この島は焼き物でも有名。
焼き物と言ってもレンガ色の素朴な素焼きの器などだが・・・・。

何軒かの窯元、土産屋を覗いて歩くのも楽しいもの。
その中で見つけたのがあまりに色っぽい女性像。

高さは70センチくらいか。
買って帰ろうかと思ったくらいなのだが、
大きすぎて、重すぎて・・・・・・。

母親に見せるらしい・・・・・・バンコク・記憶遺産。座頭市を2本

17.11.25 座頭市 (5)
このシリーズはいつ見ても面白いねェ。

★座頭市を2本

今日はYou tubeで映画鑑賞。
座頭市を2本も見てしまった。

このシリーズはいつ見ても面白いねェ。

      *

スーパーへ買い物以外はどこへもで出ず。
スマホの歩数計は1271歩。

   ☆

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"
08,11,15ワットキアンと近所の子供 (1)09.1.18寺の裏の町の人々 (3)
僕は子供たちをよく撮った。

★母親に見せるらしい

在タイ中は郊外ランシットという街に住んでいた。
バンコクの中心から約30㎞ほどの通勤圏。
古い家から新興のサラリーマン住宅まで混在する街だ。

      *

古い家の並ぶ通り(路地だが広い)で子供たちが遊んでいた。
僕は子供たちをよく撮った。

そして、撮った写真をプリントして
翌週にそれぞれの子供に渡す。

子供たちは手にした写真を持って家の中へ飛び込んでいく。
母親に見せるらしい。

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

送金。サムローからBTSまで僕がバンコクで利用した交通手段・・・・・・その①(2008年)

★送金

郵便局へトルコ旅行の代金の送金に行った。

10万円以上の送金は身分証明書のようなもの(免許証か保険証)が必要と
振込用紙に注意書きがしてある。
僕はこれまで現金で10万円以上もの金額を送金したことがない。

窓口で聞いたらカードがあれば自動で送金できますと言われた。
そのほうが手数料も50円安いらしい。

      *

貯金を下ろすときも50万円以上になると、
勝手に(自動でも)下ろせないみたいなことを聞いていたが、
あれはどうなったかしら。

どちらも振り込め詐欺防止の策なのだろうけど、
それにしては毎日のように詐欺被害のニュースが流れるよなァ。

      ☆

★無料バスも同じ路線を走る・・・・・・ゴローのバンコク記憶遺産・2008年

タイのバンコクで暮らした2年半余りの間に利用した交通機関。
長距離列車からサムロー(人力車)まで、
毎日のように何かを利用していた。

タイは交通料金が安い。
タクシーも気軽に乗れるので、
ちょっとした遠距離でもよく利用した。

しかし、タクシーはだいたい世界中どこでも同じ(多分)。
タイのバンコクならではの交通機関が僕は好きだった。

その①としたのは写真が見つかり次第
②をまたいつか掲載するよていにしているからだ。

※なお、この掲載内容は2008年から10年くらいまでのものです。

90 07.9.23オー・トー・コータラート 001 (69)
路線バス。タイではバスがとても便利。
何処へ行くにもバス。
鉄道路線が少ないせいもあるが、
遠距離も近距離もたいていは事足りる。
市内を走るバスも網の目のような路線。
そのバスも数種類。
数種類というのは大きさばかりではない、
同じ距離でも利用料金が異なるのだ。
緑色の中型バスが一番安い。
次が赤色中型、そしてこれが一番多いが普通の大型バス。
大型でも古いのと新しい(エアコン付き)では料金が違う。
また、無料バスもある。
オレンジ色のラインのあるバスだ。
これが結構来るのだ。
通勤に営業の仕事に毎日のように利用した。
      *
写真手前左に写っている2台が有名なトゥクトゥク。
いわゆる3輪バイクだ。
僕がいるあいだでもバンコク市内ではタクシーに押されてか、
ずい分少なくなってきていたように思う。
といっても僕もずいぶん乗った。
料金はタクシーよりは割高。
隣国ラオスやタイでも地方都市ではまだまだ大活躍していると思う(多分)。
92 08.5.23アヌサワリーでロッテゥを待つ (7)
ロッテゥ。
乗り合い自動車だ。
一台の客は15人。
行先と料金は決まっている。
僕は会社の通勤に路線バスとともに毎日にように使った。
バスが19バーツ(57円)のところを35バーツ(105円)で行く。
その分、路線バスよりはずっと速い。
      *
下りるときは運転手に声を掛けて自分の好きな場所で降りることが出来る。
料金は客同士が自主的に回収、後ろから順送りで運転手まで届ける仕組み。
朝はタクシーのように途中で客を拾いながらバンコクの市内まで。
ほとんど15人満杯になるが、
時にはその前に高速道路に入らざるを得ないことも。
      *
帰りはロッテゥの出発場所から乗るのだが、時間によっては並ぶ。
そんな時はどんどん出発するが、帰宅時間のピークを過ぎると
15人満員になるまで出発できない。
それでも何分も待ったことはないが・・・・・。
隣の席に若い女性が来れば当たり。
反対ならハズレ。
101 1.2.18-22バンコクとスパンブリー (309)
水上バス。
チャオプラヤー川を上ったり下ったり。
何度も乗ったが僕の目的は観光。
白人など観光客も多く利用するが、
通勤など一般市民の重要な交通機関なのだ。
チャオプラヤー川を渡る橋は少ないし、車は混んでいる。
だから両岸に船着き場のある水上バスはとても利便性がある。
何より安い。
終点まで川を上って1時間(以上かかったかも)で50円くらいだったと思う。
101 07.5.17船着場 010
渡し舟。チャオプラヤー川の右岸左岸を行き来する。
料金は2~5バーツ(6円~15円)。
5バーツの場所は河口に近い方で渡るのに10数分かかる。
どこか昔の佃の渡し(中央区にあった)に似ている気がしてた。
僕は数ヵ所の渡し舟を幾度か乗りに行った。
101 11.2.3-7運河の船二再びバンコク,カオサンほか (33)
101 運河の通勤船
運河を走る高速船。
幅が10mほどの川(運河)を水しぶきを上げ、
荒波を立ててすさまじい勢いで走る。
見ているだけで痛快な気分になる。
あれ乗ってみたい・・・・・・がやっと実現して乗った。
水しぶきが当たらないように周りをシートで被う。
      *
30数年前にバンコクに初めて行った時、
市内は運河だらけで緑が多くとても美しかった。
(東洋のナポリだかベニス?だかと呼ばれていたような・・・・)。
今はほとんどの運河が埋め立てられビルが林立している。
この運河の高速船はバンコクの貴重な遺産ではないか。
93 08.4.2115の路線バスから (14)
バイクタクシー。
BTS(バンコク市内のモノレール)の駅を降りて、
営業に向かうお得意先までの1~2㎞前後の距離に使った。
10~20バーツ(30~60円)。
これがとても素早いというか早くて便利。
客もヘルメットを義務付けられているのだが、
僕がつけたのは2回くらいしかない。
ほとんど運転手は無視(自分はしている)。
女性客はバイクに横座りする。
跨いで乗っているのを見たことがない。
08.7.9オンヌットの渡し舟 (8)
カヌーの渡し
10バーツ(30円)。
小さな川というか用水路というか、やっぱり運河?
そんなところにはカヌーの渡しが・・・・・・。
僕はバランス感覚が悪い。
この写真を撮った後、
カヌーに乗ったのだが、バランスを崩し危うく転覆しかけた。
やっとしのいだものの頭から水を被ってしまい服がびしょ濡れに。
よくぞ、カメラを濡らさなかったものだ。
88 チェンマイ列車の旅 101
列車。
長距離は列車旅。
モチ、バスもあるが旅の気分はやっぱ列車でしょう。
チェンマイ、ノンカイ、アユタヤ、スンガイコロック・・・・・・。
いつか列車旅の話も報告できればと思っている。
94 08.12.10サンケイ近くの町と一輪車 (26)
サムロー(人力車)。
僕は2度、1㎞くらいの距離しか乗ったことがない。
20バーツ(60円)。
タラート(市場)で買い物をしたお年寄りが利用しているのをよく見かけた。
サムローもそうしたタラート付近に並んでいることが多い。
観光客が利用しているのを見たことはないし、
観光地でも見かけなかった。
08.6.7モチット駐車場
出勤の車の駐車場。
郊外のBTS(モノレール・モチット駅)駅前の無料駐車場。
どのようにして駐車するの?
どのようにして出すの?って誰もが不思議がる。
答えは簡単!
ドライバーは自分の車のブレーキを掛けずに止める
(ここの駐車場利用者のルール)。
後で来た人は、手で押して順に詰め、
自分の車が入るスペースまで詰めていく。
出すときはその逆fだ。
少しづつ押し空けていくのだ。
91 07.6.12バスチケット 003
利用した路線バスの切符。
路線バスの中の様子もいつか掲載したいと思っている。
99 08.3.6スラサっクの信号待ち (2)
朝の通勤ラッシュ。
僕が勤務していた会社があったBTSスラサック駅下の交差点。

ミャンマー難民たちのキャンプ(村)・・・・・・タイ北西部(2007年)

★隔離された村に住む数万人の人々

その村(キャンプ)はタイとミャンマーの国境から数十㎞も離れた、
奥深い山の中にあった。

タイ国内の一番近い街からも同じように数十㎞ある。
まったく隔離された山中に作られた村なのだ。

村と道路の間には仕切りの柵があるので
(勝手に)入ることはできない。

竹と藁で作られた家が山中にずっと続く。
この村(キャンプ)だけで数万人が住むという。

      *

1984年に起こったミャンマー国内の政府軍とカレン族の
紛争からタイに逃てきた人たちだ。

タイ北西部にある数ヵ所の難民村(キャンプ)には
合わせて15万人ほどが住むと言われる。

難民村の中でもこの村(キャンプ)は比較的古いほうなのではなかろうか。
当時(2007年)、もう10年以上は経っていると聞いた。

      *

先日、たまたま「黒柳徹子のミャンマー報告」というテレ番を見た。
僕はすぐにこのキャンプの事を思い浮かべたのだ。

現在、新たにミャンマー難民が深刻な問題となっているが、
原因は異なっていても、もう30年近くも前から起こっていることなのだ。

      *

僕ら(ひとりは編集兼カメラで僕は助手)はこのキャンプに目的があって行ったわけではない。
その先(さらに数十㎞)のカレン族の村の結婚式の取材に行く途中に寄ったのだ。

カレン 013
山の中に続く竹と藁の家々。
ここでで生まれた子供はこのキャンプしか知らない
キャンプ内でタイ語を学ぶことを許されたのも数年前(ネットより)。
カレン 011
ミャンマー難民とキャンプについてはネットで詳しく知ることが出来る。↓
http://blog.goo.ne.jp/tanutanu9887/e/3e383cf9bed062625b6e70600b4acf5c
カレン 016
キャンプを出てどこへ行く?街までは数十㎞の道のりだ。
生活費用他タイ政府が面倒を見ていると聞いた。
カレン 021
キャンプ内を流れる川で。
大人と子供が一緒になって何をしている?
洗濯?、行水?遊び?魚とり?・・・・・・・・・。
キャンプ内ではどこも水が大きな問題であるらしい。
難民キャンプに使用.8.20 団地草取り、TVミャンマー難民、映画長州ファイブ (11)
先日のテレビ番組「黒柳徹子の「ミャンマー報告」。

アジアの無形文化遺産"リケー"・・・・・・2008年3月22日

08.3.22ワットキアンとリケー (41)
リケーはタイの伝統芸能で音楽劇。西洋のオペラのようでもある。
08.3.22ワットキアンとリケー (25)
近在の人たちは夜が更けるまで楽しむ。
地べたにゴザを敷いて見る素朴な鑑賞法。

★タイの伝統芸能

リケーはユネスコ・アジア文化センターから選定を受けている
アジアの無形文化遺産だ。

リケーはタイの伝統的な芸能で音楽劇なのだ。
詳しくは↓
https://www.accu.or.jp/ich/jp/arts/A_THA6.html

明るくコミカルで分かりやすい。
言葉が分からない僕でも十分に笑えた。

      *

リケーは主にお寺のお祭りの時などに行われると聞いた。
入場料はなし(つまりタダ)。

その場合の費用はお寺が持つのだと聞いたのだが、
真偽のほどは分からない。

近在の人々は楽しみに待ち望んでいることだけは確かだ。

      *

僕の在タイ中、住まいに一番近いお寺(ワット・キアン)に、
ある日、いくつものネオン(蛍光灯)が煌々と飾り付けられていた。

お寺の横の広場は特設遊園地となり、
さらに奥の広場には舞台が作られ多くの人々がリケー(芝居)に見入っている。

歌(い方)はオペラを聞いているようだ。
言葉は分からないが身振り手振りで意味が通じる。

会場は笑いの渦となる。
喜劇ばかりではないのだろうが・・・・・・・。

      *

この夜、僕は11時まで見た。
まだまだ芝居は続くようで誰も席というかゴザをたたまない。

僕の出勤は朝が早い。
最後まで見たかったのだが、
止むを得ず広場を後にしたのだ。

      *

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

運河に架かる木橋・・・・・・2007年11月

★いくつもの運河、いくつもの木橋

バンコク(タイ)に住む友人に新宿で会った。
彼は現在もバンコクで出版社を経営している。

彼には在タイ中に仕事、
住まいなど公私にお世話になった。

      *

彼から聞く現況報告や共通の知人などの話題は、
僕の在タイ2年半の記憶を蘇えさせる。

あっという間に2時間のお喋りタイムが経ってしまった。

      *

懐かしさがこみ上げ、
僕は帰宅早々写真を保存しているCDを開いた。

07.11.4クローン2の木橋 016
在タイ中、僕は社長でもある彼の家の間借り人(といっても家賃はタダ)であった。
バンコク近郊のその町は運河の街で、
家に着くまでにいくつもの運河を渡る。
運河にはいくつもの古い木橋が架けられ、
まるで風物詩みたいな景色を醸し出していた。
僕はいくつもの木橋を渡りに行ったし絵にも描いた。
07.11.4クローン2の木橋 013
木橋(竹橋)は運河の淵に住む人には大切な生活道路。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

蛙のから揚げとビールの旨さ・・・・・・2009年1月27日

09.1.27蛙とビール (6)
ニンニクの効いた蛙のから揚げにハイネケンはGoo!
07.9.23ビールに氷 002
タイのビールと言えばシンハ。
昼間、運河に浮かぶ船上レストランで飲むシンハは格別。
タイではビールに氷を入れて飲むのが普通。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

★昼間飲むビールの旨さ

僕はバンコクでビールの旨さに目覚めた。
それも昼間飲むビールの旨さだ。

日曜日の昼、僕は世話(間借り)になっていた友人と食事に出る。
運河に浮かぶ船上レストランや場末の食堂に行く。

友人もビール好き。
ランチはいつもビールから始まるのだ。

気温の違いか湿度の違いか、
それとも氷を入れてビールを飲むこちらの習慣からか、
とにかく旨かった。

      *

会社からの帰り、
ロットゥ(15~20人の乗り合い自動車)を途中下車して寄った屋台。

ここの蛙のから揚げの旨さは格別。
僕はしばらくハマった。

ここの屋台の蛙のから揚げはニンニク味が効いて、
カラッとした揚げ(もしかして炒めていた?)具合が絶妙なのだった。

蛙にハマってあちらこちらの店や屋台で食べた。
ホテルのレストランでも蛙があれば注文した。

しかし、どこの蛙もこの屋台ほど旨くはなかった。


お犬様の記憶。本「魚の棲む城」

★ゴローの記憶遺産とは?

今日は民謡の稽古日だ。

6月の月例に唄う2曲を決めた。
決めたというより決めさせられたと言った方が正しい。

プログラムを作るのと
演奏の三味線、尺八の音合わせなどの関係で急ぐらしい。

そんなこと言ったって僕はまだ練習不足(2回続けて練習を休んだ)だし、
何か新しい曲を唄いたいし練習もしたい。

      *

いま、苦戦中は「秩父音頭」だ。
どうしても1ヵ所クリアできないのだ。

もう一曲が「越中おわら節」。
この曲はある事情からひそかに前から練習していた。

そんなわけで、ハンコこそもらえないが、
当日までに何とか様にしたいと思っているのだ。

      ☆

新しいカテゴリーに"ゴローの記憶遺産"を加えた。
何のことはない、古い昔の思い出の掲載だ。

写真はプリントからとデータからのがある。
モチ、プリントはデータより古く20年前以前のもの。

      *

写真も思い出話も押し付けるようで迷惑だとは思う。
しかし、溜まった写真・データを掘り起こすのは
年寄り(僕のこと)の楽しみのひとつなのだ。

なくべく厳選し、面白い内容にしたい。
さらに、このカテゴリーが僕のボケ防止の役に立てば幸いなのである。

☆お犬様・・・・・・ゴローの記憶遺産 その1
07.6.10朝の風景・緑参考・犬 037
2007年タイのバンコク。
あちこちにやたら犬がいた。
郊外、鉄道の駅、お寺の境内・・・・・わんさかいる犬はみな放し飼いだ。
もしかしたら野犬だった?
      *
犬たちは路上を闊歩し、路上で寝て路上でウンチもする。
タイは敬虔な仏教徒が多く、生き物を大切にする。
犬もやたらに捕まえて処分したりはしないと聞いていた。
もっとも僕の滞在中にトラックいっぱいの犬が
ベトナムに密輸されたというニュースもあった。
これは食用にするためらしかった。
      *
ほとんどの犬はおとなしい。
日常では恐れることはないのだが、
時々は吠えたり、向かってくるような犬に会うこともある。
僕も自転車でバス停に向かう途中、数匹の犬に追いかけられ
一度は噛まれた。
噛まれた傷はたいしたことはなかったのだが
それでも僕は病院へ行き狂犬病の予防接種(ワクチン)を済ませた。
      *
タイの印象ベストテンをあげよと言われたら
僕は間違いなくお犬様を入れる。

      ☆

スキャン_20170519
内容は田沼意次もの。

★本「魚の棲む城」 平岩弓枝

内容は田沼意次もの。

歴史内容本を仮に
①ノンフィクション(またはそれに近い物)
②歴史小説
③時代小説
の3つに分けるとしたら、
この小説は時代小説に入る・・・・・と思いながら僕は読んだ。

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