FC2ブログ

Home > ゴローのバンコク・記憶遺産 Archive

ゴローのバンコク・記憶遺産 Archive

荷物とレフ持ちのGooな山梨観光取材・・・・・・2008年。映画・TV「裸の大将」「踏み外した春」「大根と人参」

★Gooな記憶・・・・・・2008年バンコク記憶遺産

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

バンコク(タイ)の会社に在職中
タイの女優を連れて日本に来た。

三重県、山梨県、東京ディズニーーランドと3度、
それぞれ別な女優を連れてだ。

会社が発行する雑誌の特集の取材で、
内容は日本の各県をタイの女優が観光案内するものだ。

・・・・・・で、僕の仕事は何か。
カメラマン(社長)の助手で荷物とレフ持ちだった。

      *

当時の僕は金髪。
各県の観光スポットを巡り、郷土料理を食べたり
なかなかGooな記憶なのだ。

1 08.9.20山梨の新聞記事 (2)
タイからの取材というので地元山梨県の新聞記事に。
2 IMG_3469
レフを当てる金髪のゴロー。
3 IMG_3167
昇仙峡にて。
4 IMG_3183
切り絵の藤代美術館。
5 IMG_3153
モデルは当時タイでトップクラスの女優。
6 IMG_3283
カメラマンは社長、ゴローは荷物とレフ持ち。
7 bIMG_3441
女優さんはさすが行動が素早く、いつも笑顔で明るかった。
8 IMG_3442
八ヶ岳、石和温泉、甲斐善光寺、ワイナリー、宝石・・・・・・観光スポットは10数か所。
9 bIMG_3416
僕の写っている写真を撮ってくれたのは同行に編集女性。
10 IMG_3683
カメラマン社長は休むことなくゴンドラの中でも仕事。

      *

★映画・TV4本
11 20.6.28 映画「裸の大将」ほか (26)
12 20.6.28 映画「裸の大将」ほか (72)

・テレビドラマ裸の大将第24話=「清のどさんこ母恋道中」 
・「裸の大将放浪記」=山田典吾監督1981年 

どちらも山下清を演じているのは芦屋雁之助。
芦屋雁之助が山下清の風貌に似ていると言われて
切っても切れない2人になったみたいな。
それも雁之助の演技力によるところが大きいと思うが。
テレビドラマ(上)はヒューマニティに富んだシリーズ。
映画(下)は山下清の一生というか自伝的な内容。
     *
13 20.6.28 映画「裸の大将」ほか (92)

・「踏み外した春」=鈴木清順監督1958年

小林旭、左幸子、浅丘ルリ子・・・・・。
左幸子だけが日活の雰囲気から外れているみたいな。
でも女優としての彼女の存在が大きいと思われる映画(内容)。
この年のキネマ旬報7位。
      *
14 20.6.28 映画「裸の大将」ほか (97)

・「大根と人参」=渋谷実監督1965年

初めてしばらくは
小津安二郎の映画ではと思ってしまう。
俳優たちの顔ぶれ、カメラアングル・・・・・・・。
でも、しばらくすると違ってくる。
何と言っても主役の笠智衆。
キレたり、喧嘩したり、家を出てったり・・・・・・・、
およそ小津映画に出てくる笠智衆とは大違い。
内容はホームドラマ。



昆虫でモテモテ・・・・・・2008年(バンコク・記憶遺産)。公民館抽選予約。映画「蛇姫様」「東京の英雄」「人生は61から」「暁に祈る」

★自粛延長

民謡稽古の場所は地元の公民館。
ネットでの抽選予約を3ヵ月前の1日にすることになっている。

というわけで今日は8月の抽選予約をした。
予約をした直後に公民館から自宅に電話連絡が入った。

公民館××「自粛延長で今月末まで公民館は閉館です」
ほぼ同時にPCメールに入ってきたのは山の会(おいらく山岳会)の自粛延長。
絵の教室(月曜会)の工房館もおっつけ自粛延長の連絡は入るだろう。

0 IMG_4254 (3)
今日は8月の抽選予約をした。

      ☆

★“カーボーイ”で昆虫を売る屋台

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

“やがて来る食糧難を救うのは昆虫だ”との説がある。
日本ではあまり食卓には上がらないが
バッタ(イナゴ)や蜂の子などは食べた経験のある人は多いのではあるまいか。

タイやラオスでは市場や屋台で売られていたし、
バッタ類はお酒のつまみで、
レストランには蟻の卵入りの料理がメニューに並んでいた。

日常的とまで言わないが、僕もよく食べた。

写真の昆虫を売る屋台はタイのバンコクの歓楽街、
ゴーゴーガールの街“カーボーイ”で撮ったもの。

1 08.2.29昆虫料理屋台 (5)
昆虫を売る屋台。
女の子たちには好評でチップを払わなくてもモテモテだ。
2 08.2.29昆虫料理屋台 (10)
3 08.2.29昆虫料理屋3 台 (11)
4 08.2.29昆虫料理屋台 (12)
5 08.2.29昆虫料理屋台 (14)
6 08.3,1イサーンの昆虫料理 (4)
僕が買って食べた昆虫たち。

      ☆

★映画4本
7 20.5.1 映画4本「蛇姫様」「暁に祈る」「人生は61から」「東京の英雄」  (3)
・映画「蛇姫様」=衣笠貞之助監督1940年

原作は川口松太郎。
スター勢揃いの大作だが、少し筋が複雑すぎて・・・・・・。

悪家老を役者の長谷川一夫と隠密の大河内傳次郎が成敗する話。
長谷川一夫を助けるのが山田五十鈴。
      *
8 20.5.1 映画4本「蛇姫様」「暁に祈る」「人生は61から」「東京の英雄」  (31)
・「東京の英雄」=清水宏監督1935年

今では考えられない職業差別、
女給(水商売)が低く見られていたことが分かる。

放浪記の中で林芙美子が実際に女給をするが、
それがどれほどの事であるかを理解できた。

それにしても(主役の)桑野通子(右)は可哀そうな役が多いなァ。
美人だし、僕はファンなのだけど・・・・・・。
      *
9 20.5.1 映画4本「蛇姫様」「暁に祈る」「人生は61から」「東京の英雄」  (47)
・「人生は61から」=斎藤寅次郎監督1941年

エンタツ、アチャコのコンビもの。
奇想天外、ばかばかしい中の笑いとウエット。

寅さんに通じるものがあるような・・・・・・・。
      *
10 20.5.1 映画4本「蛇姫様」「暁に祈る」「人生は61から」「東京の英雄」  (101)
・「暁に祈る」=佐々木康監督1940年

国策映画でも見方によって反戦映画に?
敗戦だったからそう思えるのかもしれないが、
1940年制作とは思えないくらい日本はすでに苦戦。

よくこれで太平洋戦争に突入していったものだと思った。
挿入歌(主題歌)の「暁に祈る」は僕が軍歌の中では一番好きな歌。
それがほとんど挿入されていないのはなぜ?。

軍馬の映像が多いが当時30万頭の軍馬が海を渡り大陸に行ったが、
1頭も戻っては来なかったと何かの本で読んだ。

カラオケのバックに流れてくる映像が
ぬかるみにはまった荷を引いた軍馬の後を押す兵隊たちの姿。
唄いながらつい涙腺が緩むのだ。

※『暁に祈る』(あかつきにいのる)は、
1940年(昭和15年)に封切られた松竹大船映画『征戦愛馬譜 暁に祈る』の主題歌。
戦時歌謡。
作詞:野村俊夫、作曲:古関祐而(ネットより)

公衆電話は人気の工作付録。買い物袋を落とした事件。屋台のお守り・・・・・・2009年・バンコク

1 20.4.7 元の作った公衆電話 (10)
新小学4年の孫が作った緑の公衆電話。

★『幼稚園』の付録だけど

小学館の知育学習雑誌『幼稚園』5月号の付録が大人気。
発売早々売り切れで話題となった。

3日前、妻があちらこちら探し回って見つけたらしく買ってきた。
それを、今日爺の家に来た新小学4年の孫が作った。

まだ幼稚園児の下の孫ではとても作れない(と思う)。
『幼稚園』の付録なのだけど・・・・・・。

      ☆

2 20.4.7 元の作った公衆電話 (15)
嫁(次男の)が携帯に撮ってくれて確認。

★珍しい?落とし物

毎日のように行くイオンで今日も買い物。
レジでの精算時、
手に下げて持っていたはずの買い物袋がない。

・・・・・・ン?
忘れた?

家に帰ってみればやっぱりない。
何処かで落とした?

      *

預かっていた孫2人を迎えに来た嫁(次男の)が、
イオンのサービスセンターに寄ってくれた。

落とした買い物袋は確かに届けられていた。
携帯に撮ってくれて確認したのだ。

ところで、買い物袋を落とすって珍しくない?

      ☆

★直径10cmのプラ・クルアンも・・・・・・2009年・バンコク
※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

タイの人々の大半は敬虔な仏教徒。
お寺やお坊さん謂れ(発行)のお守り(プラ・クルアン)を
ほとんどの人が首から下げている。

大きいものでは直径10cmほどもあるプラ・クルアンを
下げていた人がいた。
有名なお寺やお坊さんのものはとても高価なのだそうだ。

あるお寺では何人ものお坊さんが総出で作っていたのを見たことがある。
その時は黄色い巨大なロウソクだったが。

ドロドロに溶けたロウを柄杓から次々と型にはめていく。
まるで工場のようだった。

      *

屋台で売られているお守りはモチ、ほとんど安いもの。
ひとつ10バーツ~(30円~)とか、一盛り100バーツ~(300円~)とか。

僕も土産にして日本に持って帰り友人・知人に配った。
個人的には100バーツ(当時のレートで300円)が一番高いものだった。

因みに高価なプラ・クルアンは数百万円と聞いた。

3 10.11シンガポール→バンコク (515)
4 10.11シンガポール→バンコク (519)
5 10.11シンガポール→バンコク (522)
6 10.11シンガポール→バンコク (525)
7 10.11シンガポール→バンコク (526)
8 10.11シンガポール→バンコク (529)
9 0.11シンガポール→バンコク (530)
屋台で売られているお守りはモチ、ほとんど安いもの。
ひとつ10バーツ~(30円~)とか、一盛り100バーツ(300円~)とか。

歳とれば昔を懐かしむ・・・・・・タイの市場(2008年)。映画「父と暮らせば」

★まるで縁日のよう

昼間NHKのTV番組“ごごナマ”で女優の財前直見をやっていた。
もう35年も前のことになるが、
ほんの一瞬であるが仕事でかかわりを持ったことがある。

その時の話をしようとすると妻は必ず
「そんな昔の話をいつまでもしないの」・・・・・・と聞いてくれない。

      *

カテゴリー“ゴローのバンコク・記憶遺産”も昔のことだ。
歳とれば昔を懐かしむものだ。

      *

在泰(タイ)中、市場(タラート)へは幾度となく行った。
街中、郊外にある市場には屋台がならび、
それはまるで縁日のよう。

新鮮な野菜、魚、総菜・・・・・・そして笑顔。

今日掲載の市場は、僕が住んでいたバンコク郊外の運河(クローン)沿い。
2008年の5月の休日だった。

1 08.5.5クローン4を北へ (17)
2 08.5.5クローン4を北へ (12)
金魚(熱帯魚)の店。
3 08.5.5クローン4を北へ (39)
カメラ(デジカメ)を向けると笑顔だァ。
4 08.5.5クローン4を北へ (36)
屋台に並んでいるものはみんな新鮮。
5 08.5.5クローン4を北へ (28)
モンキーバナナひと房5バーツ(15円・当時)。
6 08.5.5クローン4を北へ (34)
これはシイタケ(多分)。
7 08.5.5クローン4を北へ (22)
市場は何も買わなくてもぶらついているだけで楽しい。
8 08.5.5クローン4を北へ (43)
市場の場所は運河沿いの道路の脇の空き地。
休日に行った市場は
自転車での行動範囲に10ヵ所ほどあった。

      ☆

20.3.12 財前直巳、映画 父と暮らせば (2)
まるで舞台(芝居)を見ているよう。

★映画「父と暮らせば」=黒木和雄監督2004年。

井上ひさしの戯曲の映画化。
ほとんどが娘役の宮沢りえと父親役の原田芳雄の対話。
まるで舞台(芝居)を見ているよう。
この年のキネマ旬報4位。
宮沢りえは同時に主演女優賞を受賞している。

カレン族の結婚式に招待されて(最終回)・・・祝い金の口移し・2007年3月。映画「西鶴一代女」

★ハイライトはサイシンとお祝い金の口移し

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

5回に分けてカレン族の結婚式のレポートを掲載も
いよいよ最終回、クライマックスを迎えた。
・・・・・・カレン族の結婚式に招待されて(その➄)。

      *

結婚式のお祝いに集まった人は200人ほどだろうか。
美しい正装の集団が下ってきた。
下の方からも村の人たちが村長の家に向かって上がってくる。

結婚前の女の子(処女)は小さい子まですべて白いドレス(?)の正装。
親子代々受け継がれてきている伝統の衣装で、
モチ、買ったりするものではないらしい
(当時までのことで昨今の事は分からない)。

      *

結婚の儀式は大広間で行われた。
次々とお祝いに来る人々。

両手首に糸を巻くサイシンを行い、
お祝いのお金を差し出す。

お金は新婦が口で受け取り、
それを隣の新郎に口移しするのだ。

式のクライマックス。
待つ人も、見ている人も真剣な眼差しで見ている。

僕も順番を待った。
そしてサイシンをしてお祝いのお金を差し出した。

※<結婚式のサイシン>
新郎新婦の頭(手首)を木綿の糸で繋ぐ(巻く)。
今後悪い事からこの2人を守ってくれるように祈りを込めて巻く。
その後は大切に保管(ネットより)。

1 07.3.4.5カレン2 033 (2)
2 07.3.4.5カレン2 034 (2)
美しい正装の集団が下ってきた。
3 07.3.4.5カレン2 047 (2)
お祝いの訪れた人はまずサイシン、新郎新婦の手首に糸を巻く儀式を行う。
4 07.3.4.5カレン2 055 (2)
差し出されたお祝いのお金は新婦が口で受け取る。
5 07.3.4.5カレン2 056 (2)
新婦はそれを口移しに新郎へ。
6 07.3.4.5カレン2 075 (2)
サイシンは何重にもなりどんどん膨れる。
/blog56565656kokonoki/202001251914392fc.jpg" target="_blank">7 07.3.4.5カレン2 078 (3)
集まったお祝い金。
8 07.3.4.5カレン2 053 (2)
銅鑼やチャンチキのような楽器の演奏で祝う。
9 07.3.4.5カレン2 060 (2)
覗き込む子供たち。
10 07.3.4.5カレン2 074 (2)
真剣な眼差し。
11 07.3.4.5カレン2 037 (2)
タイシンを終えた人は別室で食事。
村の若者たち上げて作った(用意した)ご馳走をいただく。
12 07.3.4.5カレン2 062 (2)
外で待つ人々。
15 07.3.4.5カレン2 026 (2)
カレン族のこの村の人たちの正装。
16 7.3.4.5カレン2 038 (2)
式が終わり帰っていく人々。

      ☆

17 20..1.19 映画 西鶴一代女 (7)
田中絹代が一世一代の名演技、ベネチア映画祭監督賞受賞作。

★映画「西鶴一代女」溝口健二監督1952年。

ネット(レビュー)にある評 ↓

※井原西鶴の「好色一代女」を原作に、
男たちに翻ろうされ堕ちていく女の悲劇を描いた溝口健二の最高傑作。
田中絹代が一世一代の名演技を見せる。
ベネチア映画祭監督賞受賞作。

僕も全くその通りだと思った。
この年のキネマ旬報9位。

カレン族の結婚式に招待されて(その④)・・・村をあげてのご馳走作り・2007年3月。映画「恋文」

★潰す豚は7頭、大結婚式に備える

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

5回に分けてカレン族の結婚式のレポートを掲載
・・・・・・カレン族の結婚式に招待されて(その④)。

      *

結婚式を挙げるのはこの村の村長の娘。
お祝いには豚を潰してふるまう習わしだとか。

普通の結婚式には1頭、
それが今回は7頭も潰すのだと言う。

それは村長の実力を示すものであるらしく
来賓には郡長も来るのだと言う。

1 カレン 106 (2)
朝7時前から豚を潰し始める。
柵(檻)に閉じ込められた豚を数人で木の先を尖らした槍で刺す。
豚が数か所の柵で断末魔の叫びをあげていた。
2 カレン 101 (2)
潰された大きな豚。
2.5 カレン 108 (2)
5 カレン 109 (2)
腹を裂かれて内臓を取り出す。
すべてが料理されて捨てるところはないらしい。
3 カレン 115 (2)
4 カレン 102 (2)
内臓を取り出された豚は肛門から口に棒を通され丸焼きにされる。
6 カレン 114 (2)
9 カレン 131 (2)
腸詰め。
豚は解体され、細かく刻まれていく。
まな板が一斉に叩かれる音が響き渡った。
10 カレン 128 (2)
煮込み。
11 カレン 143 (2)
腸詰めを焼く。
12 枯れん  133 (2)
料理は村の若者総出で行われた。
13 カレン 123 (2)
女性たちは野菜を調理。
14 カレン 132 (2)
残飯を落とすと下では豚がきれいにしてくれる。

      ☆

15 20.1.24 映画恋文 (11)
日本の映画史の中でも貴重な作品だ。

★映画「恋文」田中絹代監督1953年。

田中絹代が日本で初の女性監督になった初めての作品。
日本の映画史の中でも貴重な作品だ。
当時の神田すずらん通りが写る。

公園の弁当おじさん。カレン族の結婚式に招待されて(その③)・・・村人たち・2007年3月。映画5本

ついて
外で食べるご飯(弁当)は旨い。

★僕と同じじゃん

毎週水曜日の夜9時から7ch(テレビ東京)で放映する番組
“家ついて行っていいですか”は大好きな番組。

いきなりテレビカメラが普通の人の家に向かい、
ネホリハホリと聞き、冷蔵庫の中まで覗く。

様々な人間模様が赤裸々に語られ、
人生の生きざま、結果・回答を見せられるような深~い内容なのだ。

      *

昨夜は前日の食べ物の残りを弁当にして
昼間公園で食べるおじさんが出た。

そう・・・・・・このおじさん僕と同じことをしているのだ。
いや、僕がおじさんと同じことをしているということか。

いずれにせよ外で食べるご飯(弁当)は旨い。
僕は今のところたまにだけど・・・・・・。

ただ「団地内の公園でだけはやめてね」
と妻に釘を刺されている。

      ☆

★大イベント前の村人たちの期待と眼差し・・・・・・バンコク記憶遺産・2007年3月

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

5回に分けてカレン族の結婚式のレポートを掲載
・・・・・・カレン族の結婚式に招待されて(その③)。

1 カレン 203 (2)
日陰の村人。
2 07.3.4.5カレン2 081 (2)
子供たち。
3 カレン 089 (2)
赤ちゃんを背負う娘。
4 カレン 093 (2)
火を囲んで。
5 カレン 120 (2)
村唯一の雑貨屋の娘。
歯ブラシとポッキーを買った。
ポッキーは1本づつのばら売りだったと記憶している。
タバコもばら売りだ。
6 07.3.4.5カレン2 015 (2)
村の男性を物色する娘たち。
隣村から来ている男性もいるとか。
合コンの機会でもあるのだ。
7 07.3.4.5カレン2 020 (2)
男性たちがいる作業場から娘たちを見るが中が暗い。
お互いに見初め合あうのだと聞いた。
娘たちや若者たちはこれから始まる料理作りを待っているのだ。
8 カレン 138 (2)
ドラ(銅鑼)をたたきながら村中を回り、結婚式を知らせてきた。
9 07.3.4.5カレン2 018
ドラと太鼓で賑やかに楽し気に歌っていた。
10 07.3.4.5カレン2 019 (2)
村人 Ⅰ
11 カレン 179 (2)
村人 Ⅱ
12 カレン 172 (2)
村人 Ⅲ
13 カレン 155 (2)
村人 Ⅳ
朝からかなり遠くまでドラをたたきながら歩き回っていたようだ。
14 カレン 150 (2)
村人 Ⅴ
料理作りが始まるのを待っている様子。

      ☆

★今日の鑑賞映画5本
右・新しき土 左・伊豆の踊子 (1)
右は「新しき土」、 左は「伊豆の踊子」。
片方がサイレント(無声映画)なら 同時に2本を見ることができる。
     *
・「新しき村」伊丹万作・アーノルド・ファンク共同監督1937年。
美しい日本の風景や、文化をふんだんに取り入れたスケールの大きな作品。
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/movie-1634.html
↑(東京都写真美術館)に詳しく掲載されている。
17歳の原節子が初めての主役を演じている。
・「恋の花咲く 伊豆の踊子」五所平之助1933年。
川端康成の原作に忠実でないが(それだけに)面白いとの評あり。
右・新しき土 左・伊豆の踊子 (2)
・「新女性問答」佐々木康監督1939年。
30歳の若さで夭逝した桑野通子が主演。
芸者の姉の援助で弁護士になるが姉には悲劇が・・・・・・。
桑野通子は誤って姉を殺してしまった親友の弁護をする。
肖像
・「肖像」小津安二郎監督1948年。
肖像画を描いている画家とある男の妾であるモデル。
良人の貞操
・「夫の貞操」山本嘉次郎監督1937年。
最後がカワイソー過ぎる。

肉離れ。カレン族の結婚式に招待されて(その②)・・・・・・朝・昼・夕べの村の光景・2007年3月。映画7本

★エッ、肉離れ?全治三週間(´-ω-`)とは

右足のふくらはぎの痛みが消えない。
1週間前ほどのジョグで痛みが消えないうちに
3日前のジョグでついに痛みで走れなくなった。

単なる筋肉痛ならこんなことはない。
3日もすれば痛みは消えるし、
昔、マラソンを走っていた僕の経験からもこんなことはなかった。

      *

肉離れをしていますね。
出血も見られます。
今日行った整形外科の先生の診断だ。

全治3週間、
山は止めた方がいいね。

今週の土曜日に参加申し込みをしていた山行をキャンセルした。

      ☆

★朝・昼・夕べの村の光景・・・・・・バンコク記憶遺産・2007年3月

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

5回に分けてカレン族の結婚式のレポートを掲載
・・・・・・カレン族の結婚式に招待されて(その②)。


1_20200122195234936.jpg
早朝、お坊さんのお布施周り。
2 カレン 092 (2)
家々から煙が立つ。
3 カレン 182 (2)
共同水道の水汲み。
4 カレン 202 (2)
軒下は家畜小屋。
5 07.3.4.5カレン2 045 (2)
もうもうと土煙を立てながら村に入ってきた自動車。
6 カレン 084 (2)
村の眺め。
7 カレン 087 (2)
家を新築中。
8 07.3.4.5カレン2 004 (2)
村内散策 Ⅰ
9 07.3.4.5カレン2 023 (2)
村内散策 Ⅱ
10 07.3.4.5カレン2 040 (2)
村内散策 Ⅲ
11 07.3.4.5カレン2 084 (2)
遊ぶ子等。
12 カレン 161 (2)
村内散策 Ⅳ
13 カレン 175 (2)
国道から山に入ると舗装された道路はない。
14 カレン 199 (2)
家が高床式。

      ☆

★この2日で鑑賞した映画7本
鞍馬天狗角兵衛獅子 (2)
・「鞍馬天狗 角兵衛獅子」大曾根辰夫監督1951年。
美空ひばり14歳、鞍馬天狗はモチ、嵐寛寿郎。
ユメ十夜 (2)
・「ユメ十夜」」市川崑監督2007年。
監督11人によるオムニバス十話。
前衛的?半分くらい筋、意味の分からない内容。
でも何となく見てしまう(しまった)。
下町の太陽
・「下町の太陽」山田洋二監督1963年。
この時代ツイストが流行っていた。
57年前の爽やかな倍賞千恵子の爽やかな物語と歌。
花咲く港 (2)
・「花咲く港」木下恵介監督1943年。
詐欺にならない詐欺師の話。
木下監督の珍しいコメディ。
日本の首領 (2)
・「日本の首領 完結編」中島貞夫監督1978年。
最後に転がり込むように首領の座を射止める三船敏郎。
悲しき口笛 (2)
・「悲しき口笛」家城巳代治監督1949年。
天才子役と言われた美空ひば12歳の時の作品。
陽気な渡り鳥 (2)
・「陽気な渡り鳥」佐々木康監督1952年。
美空ひばり15歳。
今日3本もひばり作品を見てしまった。
理屈抜きに楽しめる。
戦後の貧しさがまだまだ続いていた頃、
多くの人の心を癒し、元気づけたであろうことが分かる。

カレン族の結婚式に招待されて(その①)・・・・・・2007年3月

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である
・・・・・・5回に分けてカレン族の結婚式のレポートを掲載。

★カレン族の村へ

結婚式に招待されたのは当時バンコクで僕が勤めていた会社の社長と2人。
タイのカレン族は(タイ)北部と西部にかけて居住する山岳民族だ。

招待されたのはバンコクの数百㎞北西に向かった村だ。
かつては黄金の三角地帯と言われた麻薬の生産地から近い。

社長でもあった(昨年故人)友人は40年も前にこれらの村々を訪れ
当時はクンサーと呼ばれていた麻薬の元締めたち数十人とも知り合った。

当時は飛行機でチェンマイまで行き、
そこから車で行けるところまで行って、
さらに象で8時間もかかる場所だったと言う。

ある村ではクンサーが土産にアヘンの塊を持って行けと渡すのだそうだ。
むろん彼は固く断った。

そんな話を聞きながら車で10時間ほどかかっただろうか。
国道から山道に入りさらに1時間。

翌日の結婚式に備え
あわただしく人々が動き回っている村に到着したのだ。

3 カレン 002 (2)
峠にある山岳民族のための売店。
食品、生活用品、土産などのほかメインは山の中で採取する貴重なラン(蘭)。
山岳民族しか採取を許されていないと聞いた(当時)。
彼らの貴重な現金収入であり、この売店も山岳民族のものだ。
4 カレン 019 (2)
次の峠にはミャンマーからの避難民村があった。
国境から100㎞もある山中に隔離されすでに10年近く(当時)。
5万人ほどが住んでいるとのこと。
5 カレン 025 (2)
山に向かい村に入る前の街の一番大きなスーパー。
ここで村の子供たちに配る土産のお菓子などを買い込んだ、
6 カレン 027 (2)
商店街。
7 カレン 033 (2)
国境の川。
対岸がミャンマーである。
お金さえ払えばここから密入出国することが出来たとか(当時)。
8 カレン 034 (2)
国境の村。
9 カレン 036 (2)
大きな家は役場も兼ねているらしいかった。
10 カレン 038 (2)
村の雑貨屋。
11 カレン 045
山の途中で山焼き。
12 カレン 049 (2)
村長と明日結婚式を挙げる娘さん。
13 カレン 050 (2)
村長さんの家族。
左の2人の少女が着ている衣装は処女しか着ることが出来ない。
結婚前の女性の証なのだ。
村の未婚の女性は小さい子供もこの服を着る(当時)。
15 カレン 059 (2)
お祝いに地酒をふるまわれた。
つまみは味のない白い豆。
16 カレン 062 (2)
台所で夕食を食べる3人。
17 カレン 066 (2)
就寝前、裁縫は嫁入りに使うもの?
僕らはこの家の居間に数人の親戚の人たちと一緒にごろ寝。

列車旅・停車すれば犬だらけ・・・・・・バンコク~チェンマイ・2007年。映画「風前の灯」「女の園」「永遠の人」

★しかしながら・・・・・・

そろそろおいらく山岳会に参加再開をしようかと思って、
今日は夕方からインドアクライミングに行く予定だった。

しかししながらそれをキャンセル。
というのはいまいち体調が万全でなく、
大事を取ってのことだ。

      *

昨年来、古い映画(Youtube、DVD、Hulu)にハマっている。
右手に絵筆を持ちながらの鑑賞だ。

すっかり“ながら男(爺)”になっている。
しかしながらキャンバスに向かう手のほうは進まない。
困ったことだ。

      ☆

★バンコク~チェンマイ列車旅・・・・・・バンコク記憶遺産(2007年)
※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。


2007年1月バンコク。
僕はカメラマン(勤務先の社長)の助手としてチェンマイまでの列車旅に同行した。

距離は600㎞ほどか。
単線区間が多く、トンネルや鉄橋が少ないのが印象的。

当時(2007年)、機関(ディーゼル)車は外国から譲り受けたもの。
日本が寄贈したブルートレインも走っていた。

      *

何よりタイらしいと思ったのは、
(駅に)停車するたびにウロウロいる犬を目にしたことだ。

一匹や2匹でない。
窓から覗くだけでも10匹ほど目に入る。
中にはニワトリも ・・・・・・。

      *

この国の多くの人は生き物を慈しむ敬虔な仏教徒なのだ。

チェンマイ列車の旅 105
出発はバンコク(ファランポン駅)。
1 チェンマイ列車の旅2 037 (2)
窓から見るだけで10匹ぐらい数えられる。
チェンマイ列車の旅2 027
タイでは懐かしい列車旅が楽しめる。
4 チェンマイ列車の旅2 039 (2)
バンコク~チエンマイ間には山坂はほとんどなく
曲がりくねながら走る区間が多い。
5 チェンマイ列車の旅2 5 003 (2)
チェンマイーバンコク。

      ☆

★木下恵介監督、高峰秀子主演女優3本
5 20.1.15 映画風前の灯ほか高峰秀子3本 (32)
映画「風前の灯」木下恵介監督1957年。
木下監督には珍しいコメディ仕立て。
高峰秀子が終始メガネも珍しい(始めて見た)。
      *
6 20.1.15 映画風前の灯ほか高峰秀子3本 (41)
映画「女の園」木下恵介監督1954年。
束縛の厳しい女学校に沸き起こる学園紛争。
      *
7 20.1.15 映画風前の灯ほか高峰秀子3本 (54)
映画「永遠の人」木下恵介監督1961年。
2時間以上の緊張といくぶん暗さのただよう内容が、
最後の数秒でホッとする逆転劇。
この年のキネマ旬報3位。

会話のない理由。チャオプラヤ川の夜景・・・・・・2009年1月3日・バンコク記憶遺産。Youtube映画「希望の青空」

★なるほどそういうことかァ

介護施設に入居している義兄の見舞いに行った。
正月なので外に連れ出し食事を共にする。

施設内では飲酒禁止。
外出は年に数回。

飲酒できるのはその時しかないのでご機嫌だ。
口も達者でいろいろ話してくれる。

      *

施設内では皆でお喋りするのかと聞くと、
ほとんどそれがないとの事。

ホールに集まっていてもそれぞれ黙って座っている。
理由を聞けばなるほど・・・・・・と思う。

     *

50年ほど前に当時叔母の入っていた老人ホームに行って以来、
叔母の姉妹、僕の両親が入居していた施設などいくつかを訪問(見舞い)している。

仕事(取材)で島原の老人ホームへ行ったこともある。
当時は個室に入る人など特別でほとんどが相部屋だった。

50年前の老人ホームは雑居だったし、
島原の老人ホームは4畳半に2人ずつ。

お互いに嫌でも会話をせずにはおられない状況だった・・・・・・と思う。
いま義兄のいる部屋は広さが10畳ほどもある個室。
(因みに僕の自宅の部屋は5畳しかない)

      *

会話は無くても済むのだ。
会話がいつもいいものとは限らない。
会話をすることによってトラブルになることだってある。

思い違い、言い間違い、聞き違い、
愚痴や自慢話は聞きたくないとか。

場合によっては喧嘩や他人の嫉妬も招きかねない。
なるほどそういうことかァ・・・・・・と思った。

      ☆

★2009年1月3日の夜・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

バンコクの中央を流れるチャオプラヤ川の「川沿いには多くの観光スポットがならぶ。
宮殿をはじめ有名なお寺、高級ホテル、市場、軍施設、その他・・・・・・。

夜はライトに飾られたきらびやかな観光船が行き交い、
乗る人、見る人達を楽しませる
川そのものが観光スポットに変身するのだ。

僕は定期船で1時間ほどチャオプラヤ川の夜景を楽しんだ。
船賃は往復で100円ちょいだ。
11年前の1月3日の事だった。

1 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (15)
宮殿。
2 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (10)
暁の寺(ワット・アルン)。
3 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (2)
川沿いには名だたる世界の名門・高級ホテルが立ち並ぶ。
4 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (22)
ループ橋はほとんどが日本の援助らしい。
5 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (3)
観光船とホテル専用の連絡船(左)。
6 09.1.3チャオプラヤー川夜景 (32)
僕が乗船した定期船内。

      ☆

7 19.1.3 映画希望の青空 (27)
分かったような分からぬような。

★Youtube映画「希望の青空」山本嘉次郎監督1942年

画質が悪く、音質がさらに悪く、
あらすじはネットで見当たらず・・・・・・・。

それでも何となく分かったような分からぬような。

もし質のいいDVDなどがあったら再鑑賞したい。
希望の青空を希望する・・・・・・な~んちゃって。

夜空の笑顔・・・・・・2008年12月1日バンコク。高麗川スケッチ

08.12.1夜空の笑顔 (57)
皆が幸せな気分になった?夜空の笑顔
08.12.1夜空の笑顔 (45)
08.12.1夜空の笑顔 (51)
いったい夜空に何が?

★夜空の笑顔・・・・・・2008年12月1日バンコク・アヌサワリーにて

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

その日、オフィスからの帰り、途中の乗換駅での事だった。
改札口から歩道橋に出ると、歩行者たち皆が立ち止まり
携帯(カメラ)を空に向けている。

いったい空に何が?

      *

二つの星が目になって
ちゅうど口のあたりの月が笑っている。

夜空に巨大な笑顔が浮かんでいるのだ。
この夜空の笑顔を見た人たち皆が幸せな気分になった・・・・・・多分。
モチ、僕もだ。

      ☆

★高麗川スケッチ・・・・・・・0号・水彩
スキャン_20191028 (3)
昨日のおいらく祭りスケッチ山行で描いた。
川の水は前日の大雨で濁っているのだが、
茶色で描くと何だか分からなくなってしまうので清流にした。

      ☆

★Youtube映画「浮草」
19.10.28 映画浮草、
Youtube映画「浮草」=小津安二郎監督 1959年
最後に何となく収まってホッとする映画。
浮草のように切ない内容かと思ったらやっぱり小津監督らしいやさしさが。
とてもいい映画だと思うのだが、この年のキネマ旬報のベスト10に入っていない。
1959年にはいい映画が多数制作されていて選考からこぼれてしまった?

色彩豊かな木造船が並ぶ・・・・・・2007年・バンコク記憶遺産。Youtube映画「書道教授(TV)」「東京交差点」

★アユタヤの船工場・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産 2007年

カメラマンの助手として行ったアユタヤの船工場?
(もしかして古船置場か住居、あるいは宿かも)。
アユタヤは世界遺産の遺跡で有名なところだ。

モデルを連れて雑誌の表紙の写真を撮影しに行ったのだが、
カメラマン氏はバックに遺跡を選ばずこの船工場を選んだ。

古い船から修理中のものまで、
カラフルで色彩豊かな木造船が並ぶ。

遺跡もいいが、
この船工場もGooだった。

1 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 065 (2)
2 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 031 (2)
3 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 039 (2)
4 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 036 (2)
5 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 068 (2)
6 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 049 (2)
07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 066 (2)
7 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 051 (2)
8 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 052 (2)
川べりには船の家が並ぶ。
9 07.6.28アユタヤ表紙撮影同行 063 (2)
船の家の中を覗かせてもらった。


      ☆

★Youtube映画「書道教授(TV土曜ワイド劇場)」「東京交差点」
10 DSCF4928 (3)
Youtube「書道教授(TV土曜ワイド劇場)1982年 原作・松本清張
松本清張の推理小説は何(十)年たっても古くならないなァ。
      *
11 DSCF4934 (2)
Youtube映画「東京交差点」 松井稔監督 1991年
3話からなるオムニバス映画。
3つの内容(社会問題)は30年近くなる今でもちっとも解決していない。

炭焼き(窯)とカブトガニ(2009年)・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産


★炭焼き(窯)とカブトガニ・・・・・・2009年

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"とは
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

在タイ中、住まいのあったバンコク近郊の街ランシット。
けっこう大きな街で広く人口も多い。

幾本かの運河が流れ、
古くからの商店、大学、大きな団地、
日本から進出した企業の工場などの街。

      *

そんな大都会でも、
広い道路から一歩脇へそれると、
もう田園が広がるのだ。

あるいは背の高い草に覆われた広大な原っぱ。
200m×100mもありそうな田んぼ。

そんなところをよく自転車で散策した。

09.2.9サイクリングクローン3~4 (25)
炭焼き釜=釜の中はどうなっているのか見なかった。
空き地の一画に作られていて、
脇に炭にする原木が置かれている。
原木は何の木でもいいみたいで、
建築古材でも炭になると聞いた。
もちろんそんなのは良質の炭ではなく、
ために火花に注意しなくてはならない。
ある日、街路樹を剪定している人に、
大量の切った枝はどうするんですかと聞いたら、
炭にするんだと言っていた。
③料理用カブトガニ (2)
食用のカブトガニ。
日本では天然記念物に指定されている県もあるようだ。
ウキペディアには日本では絶滅が予定されているとあった。
タイでも食用は認められていないと聞いたが、
実際は食べることが出来る店があったのだ。
僕が食べたのは卵のようなものだったけれど、
ネットの画像には調理の各種乗っている。
フェイスブックには調理方法を動画で紹介していた。
そこにはカニの身も写っていたような・・・・・・。
50年近くも前のことだが僕が瀬戸内海に行った折、
世話になった漁師の家の網にカブトガニがかかっていた。
珍しいので写真を撮らせてもらったりしたが、
彼はそのカブトガニをすぐに始末してしまった。
漁師にとっては害をもたらす何物でもないようだ。
ちなみに、食べた時の味は
・・・・・・・硬くボチボチした感じで美味しいとは思えなかった。
※身は食べていないので味は分からない

そそっかしさが治らない。火事を見た・・・・・・50戸の煙

★4件

そそっかしさが治らない。
子供の頃からそそっかしいと言われ続けているが、
それが73歳の今になって治らないのだ。

①孫娘の入学手続き書類の記入欄、
住所と名前の欄を反対に記入してしまった。

②メールを違う人に送ってしまった。
かなり詳細な打ち合わせ内容なので、
誤送信されたひとはナンノコッチャだったろう。

➂ファクス誤送信。
今年度の資料を送るはずが昨年の資料を送信してしまった。
しかも2ヵ所(社)。
お詫びのファックスを含め合計6枚を送信する羽目に。

④絵の教室。
イーゼルを移動させるのに後ろのつっかい棒をモチーフの花瓶に当てて落とす。
割れなかったからいいもの、先生が家から持って来た高価なものと知る。

1週間で・・・・・・まだまだ探せば(思い出せば)あるかも。

      ☆

09.2.23火事 (7)
この煙の下で焼けた家は50戸。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

★50戸の煙・・・・・・2009年

バンコクのオフィスの窓から見えた火事の煙。
翌朝の新聞に50戸が焼けたとあった。

印象に残る火事と言えば阪神大震災、
9.11の燃えながら崩れ落ちる世界貿易センタービル。

直近ではノートルダム大聖堂。

      *

“火をつけてこい”と言って辞任した市長さんがいたけれど、
バンコクでは普通に言われていたような・・・・・・。

スラムの住民を退去させる方法なのだと聞いたが
真偽のほどは定かでない。
いずれにせよオフィスから見た煙で50戸とは・・・・・・。

篠原の白玉ねぎは5㎏で(@_@)\(◎o◎)/!円。バンコクの路上美容院?

19.2.16 タマネギ (3)
右の小箱が“篠原の白玉ねぎ”
左の大箱は新玉ねぎ。

★1個200円前後で・・・・・・

篠原の知人から新玉ねぎが送られてきた。
篠原は浜松市西区に位置する。

ここは玉ねぎが名産品。
“篠原の白玉ねぎ”と言えばブランド品として人気だ。

      *

通販ネットで調べたら5㎏で3000円ほど。
以前、スーパーで1個200円前後で売られていた。

      ☆

07.3.25 チャイナタウン001 (85)
つるつる顔に・・・・・。

★路上美容院?・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産(2007年)

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

     *

バンコクの街角で何度か目にした光景。
両手で引っ張った糸を顔に当ててピーンと弾く。

何をしているかと言うと、
顔の産毛をカットしているのだそうだ。

もしかして抜いている?
産毛剃り?

これは路上美容院か?
終わった後はきっとつるつる顔になっているに違いない。

猛毒コブラの巣が庭に・・・・・・2008年(ゴローのバンコク・記憶遺産)。お焦げ

★あと片付けと山行選びで1日が・・・・・・。

昨日のハイキングのあと片付けは、
洗濯と寝袋、ザックの日干しなど。

朝から昼過ぎまでかかってしまった。
さらに、1月後半と2月の山行を決め申し込みに3時間あまり。

参加する山行を決めて(選んで)申し込むのは楽しいのだが、
けっこう時間がかかるのだ。

      *

夕方、買い物に行き、
夕食のオサンドンで1日が終わってしまった。

      ☆

19.1.7 お焦げ (2)
おかずのかき揚げの甘いタレにピッタシ。

★お焦げが旨い

夕食のメインは山菜と栗の混ぜご飯。
炊飯器で炊いたのにラッキーにもお焦げができていた。

混ぜご飯のお焦げは旨い。
口の中に醤油の香りがバーッと広がる。

      *

おかずのかき揚げの甘いタレにピッタシ。

      ☆

★庭に猛毒コブラ(多分)が出現……2008年(ゴローのバンコク・記憶遺産)

※ゴローのバンコク・記憶遺産は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

バンコク滞在中、僕は勤務先の社長のご自宅(バンコク郊外)に住んでいた。
ある日、社長が玄関の扉を開ると、
目の前に鎌首をもたげたコブラが・・・・・。

驚いた社長はすぐさま扉を閉め避難。
しばらくしてコブラは姿を消したらしい。

僕は「まさか社長は幻でも見たんじゃないの?」
みたいなことを言ったように思う。

ところが、それは幻ではなかった。

      *

それからしばらくたったある日
社長の飼い猫が瀕死の大けがをして帰ってきた。

それは紛れもなく毒に噛まれた傷。
動物病院へすぐに連れて行くも回復までには3ヵ月を要した。

なにしろ愛猫の毛と皮が剥け、ただれた皮膚がむき出しになっていたのだ。

      *

そして、再び社長はコブラと遭遇。
今度は果敢にも正面から闘いを挑み見事これを退治した。

※この退治したコブラを家の前の空き地に放置して置いたら、
現地の人が来て100バーツ(当時のレートで300円)で買い取って行った。
聞けば食べるのだとか。

      *

そして、3度目の遭遇は僕も同乗しての会社から車での帰宅。
家の前に長い体を伸ばしてゆっくりと這っていたいた茶色の大ヘビ。

社長はそのまま車を移動させそのヘビをひき殺した。
3度往復して完全に息の根を止めてから、その長さを計った。
何とほぼ2m。

      *

あまりにも頻繁に出るので、
何処かに巣があるのではと疑っていた矢先、

社長は庭の草刈をしている最中に4度目の遭遇。
そのままヘビの行先を追って行ったら、
水槽タンクの真下に穴が・・・・・・・。

44 09.3.1第2のコブラ (10)
3度目出現の大ヘビ(体長2m)。
3度車でひき殺す。
44 頭を潰して殺したコブラ
2度目出現のコブラは地元の人が食べるために買い取って行った。
44 08.11.9コブラの巣を塞ぐ (8)
近くに住む社長と仲良しの中国人のおじさんが、
コブラの巣にコンクリートを流し込み穴を埋めた。
それ以後ヘビは出なくなった。
44 08.11.8噛まれた猫の傷
社長の愛猫がコブラに襲われて瀕死の重症。
写真はおそよ2か月たったころ。
噛まれた直後は尻尾の付け根くらいまで傷口が広がっていた。

学生の街のライブスポット(会場)・・・・・・2008年・バンコク郊外

08.10.26クローン6の人々 7のロータスにて その1 (1)
電球の灯り、端板で作った建物
・・・・・・・が、学生街の雰囲気を醸し出している。

★常設ライブ会場

バンコク郊外の学生の街は田園の中にあった。
街には学生寮が立ち並び、
いつでも若い人(モチ学生)で溢れていた。

     *

市場や屋台の並ぶ一角の空き地にあったのが常設ライブ会場。
何より学生街の雰囲気を醸し出していた。

時たま、土曜日の夕方になると
入口にチケット売り場が出来ていた。

ステージ前にはいくつかの椅子が並べられて、
いかにも急ごしらえの会場。
でも、それがいかにも学生街らしかった。

美女の笑顔を自動車ショーで・・・・・・2008年・マイペンライの人々。本「藪枯らしの純次」船戸与一


★美女の笑顔を自動車ショーで・・・・・・マイペンライの人々(2008年)

※タイのバンコクで生活を送った日々(2007~2009年)。
多くの人に会い、多くの人にお世話になった。
多分、数百人の笑顔に接したのではないかと思う。
それはマイペンライの笑顔。
忘れ得ぬ笑顔だ。
08.3.27自動車ショー (96)
08.3.27自動車ショー (94)
08.3.27自動車ショー (58)
08.3.27自動車ショー (51)
08.3.27自動車ショー (30)
いまでも彼女らをコンパニオンと呼んでいるのだろうか。
      *
スチュワーデスからキャビンアテンダントに変わったのはいつごろかしら。
前回、セブへ行った折、
僕は知らずにスチュウワーデスと言ったら同行者から笑われてしまった。
でも、キャビンアテンダントなど覚えにくい。
日本語の客室乗務員ではだめか?
ところで自動車ショーの美女たちは
いまでもコンパニオンでいいのだろうか。

      ☆

スキャン_20180912
後半なって著者らしいハードボイルド風になった。

★本「藪枯らしの純次」船戸与一

前半は松本清張が世に出現する前の
江戸川乱歩か横溝正史スタイルの探偵小説(風)かと。

後半なって著者らしいハードボイルド風になってきたけど、
読み終えるのに時間を要した。

とてもあの名著「満州国演義」を書いた人とは・・・・・・みたいな。

牡蠣とキンキ。トッケーに遭遇したけど・・・・・・いいことあったかなァ(2007年)

★規格品外?

明日の山行がまた悪天候で中止になった。
脚の筋肉のツッパリ感がやっと収まってきたので、
楽しみにしていたのだ。

来週の月曜日にスケッチハイクの予定がある。
それまでお楽しみは先伸ばしだ。

      *

火曜日はイオンの特売日。
僕にはつい余計なものまで買ってしまう“買い過ぎ注意日”
でもある。

そこで、改めて気づいたことがある。
それはふだん店に並んでいない珍しい物があるということだ。
しかも廉価。

今日気づいたことというのは
それらは規格外品なのじゃないかということ。
どれも小さい、小型、小粒なのだ。

別にそれが問題という分けじゃない。
むしろ僕はそういうのを積極的に買うタイプ。

今日も牡蠣とキンキを買った。

CIMG9799.jpg
殻付き牡蠣が20個くらいで498円。
殻は小さくても身は大きかった。
とても一度で食べきれない。
CIMG9804.jpg
キンキは超高級魚。
小さすぎ?だが6匹で298円。
美味しく煮つけたつもりだが
妻は一匹食べたところで
かわいそうでもう食べられないですと。


      ☆

07.3.17カオヤイ手前の自然公園001 (27)
こいつ(トッケー)は公園内の東屋の壁にいたもの。

★いいことあったかなァ?・・・・・・ゴローのバンコク・記憶遺産 2007年

バンコク近郊の国立公園に行った時に遭遇。
鳴き声が聞こえても姿を見ることはなかなか出来ないと聞いていた。

こいつ(トッケー)は公園内の東屋の壁にいたもの。

      *

ハワイではこいつを見るといいことがある、
バンコクではこいつの鳴き声を5つ数えるといいことがあると聞いた。
フィリピンではこいつの鳴き声6つを2回聞いている。

いいことあったかなァ?

      *

こいつは暖かいとこへ行けば
お土産品などのグッズとして多種見ることが出来る。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

ドリームランドへ渡る橋・・・・・・2007年(バンコク)

07.10.15クローンに掛かる木橋 027
運河に架かる橋を渡ってドリームランドへ。

★ひとり遊園地

僕は遊園地が嫌いな方ではない。
ディズニーランドファンみたいに月に何回も行くとかではないけれど・・・・・・。

子供が小さかった時、そして今は孫と年に1、2回は行く。
行けばアトラクションにも乗る。

ひとりで行ったこともある。
来園者が少なくてひとりゴンドラ、
ひとりジェットコースター経験もある。

      *

タイのバンコク(近郊)でいちばん大きな遊園地がドリームランド(2007年当時)。
下宿していた家から自転車行ける場所にあった。

アトラクション乗り放題の一日券が1500バーツ(4500円)。

絶叫というほどのアトラクションはなかったが、
野外の戦争劇みたいのがあって結構楽しく過ごせた。
モチ、ひとり遊園地だ。

      *

ラオスで絵画教室を開いていた時、
日本で10数年育ったという双子の中学生に聞いた。

ゴロー××「日本にあってラオスにないもので、
一番欲しいものは?」

2人は同時に答えた。
双子の中学生××「遊園地」。

静かな白岡駅東口駅前。ワニが逃げて大騒動も・・・・・・"ゴローのバンコク・記憶遺産"

17.12.19 白岡駅東口 (4)
どこか山の中にでもいるかのような静寂さが漂う。

★不思議なほど静かな白岡駅東口駅前

所用で宇都宮線の白岡駅の東口に車で行った。
何度か待ち合わせなどでも来たことのある場所なのだが、
いつ来ても不思議なほど静かなのだ。

東京近郊の通勤駅となれば、
それなりの車や人の数、賑いなどを感じるものだが、
ここにはそれがない。

少なくとも僕が来た数回は時間を問わずいつも静か。
どこか山の中にでもいるかのような静寂さが漂うのだ。

朝夕の通勤時間帯はどうなのだろう?
みな静かに歩き、大きな声で喋ったりはしないのではないか?
つい、そんなふうに思わせるほどの静かさ。

      *

駅前ロータリーの陽だまりに車を止めて、
30分ばかり昼寝した。

      ☆

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。
09.2.8A家のサムットプラカーン (95)
いったい何匹のワニが飼われているのやら。

★ワニが逃げて大騒動も・・・・・・"ゴローのバンコク・記憶遺産"

ワニだらけ。
ここはバンコク市内の動物園内のワニ園。

写真に写っているのはコーナーの一ヵ所に過ぎない。
ワニの大きさ別にいくつものコーナーがあって、
いったい何匹のワニが飼われているのやら。

大きな口の中に手を入れたりのショーも見ることが出来る。

      *

十年以上前になると思うが、
バンコクが洪水に見舞われた時、
数千匹のワニが逃亡したそうな。

すべてのワニを回収できたかどうかは知らないが、
大騒動であったことは確かだ(当時のニュース)。

      ☆

※明日は一泊ハイキングでブログはお休みです。

あまりに色っぽい、買って帰ろうかと・・・・・・2009年(バンコク)

★年賀状のあて名書き

山行が中止になって、
一日中どこも出ずに家の中にいるというのも困りもの。

すぐに代替えを考えればいいのだけど、
何をしようかなどと思っているうちに一日が終わってしまう。

それでも年賀状のあて名書きを始めた。

      ☆

②グレット島
脚のリアル感が・・・・・・。

★あまりに色っぽい素焼き(2009年)
※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は
2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

      *

バンコク市内を流れるチャオプラヤー川の中州にあるクレット島。
近くて旅情を味わえる手軽な観光スポットして多くの観光客が訪れる。

この島は焼き物でも有名。
焼き物と言ってもレンガ色の素朴な素焼きの器などだが・・・・。

何軒かの窯元、土産屋を覗いて歩くのも楽しいもの。
その中で見つけたのがあまりに色っぽい女性像。

高さは70センチくらいか。
買って帰ろうかと思ったくらいなのだが、
大きすぎて、重すぎて・・・・・・。

母親に見せるらしい・・・・・・バンコク・記憶遺産。座頭市を2本

17.11.25 座頭市 (5)
このシリーズはいつ見ても面白いねェ。

★座頭市を2本

今日はYou tubeで映画鑑賞。
座頭市を2本も見てしまった。

このシリーズはいつ見ても面白いねェ。

      *

スーパーへ買い物以外はどこへもで出ず。
スマホの歩数計は1271歩。

   ☆

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"
08,11,15ワットキアンと近所の子供 (1)09.1.18寺の裏の町の人々 (3)
僕は子供たちをよく撮った。

★母親に見せるらしい

在タイ中は郊外ランシットという街に住んでいた。
バンコクの中心から約30㎞ほどの通勤圏。
古い家から新興のサラリーマン住宅まで混在する街だ。

      *

古い家の並ぶ通り(路地だが広い)で子供たちが遊んでいた。
僕は子供たちをよく撮った。

そして、撮った写真をプリントして
翌週にそれぞれの子供に渡す。

子供たちは手にした写真を持って家の中へ飛び込んでいく。
母親に見せるらしい。

※"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたってタイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

送金。サムローからBTSまで僕がバンコクで利用した交通手段・・・・・・その①(2008年)

★送金

郵便局へトルコ旅行の代金の送金に行った。

10万円以上の送金は身分証明書のようなもの(免許証か保険証)が必要と
振込用紙に注意書きがしてある。
僕はこれまで現金で10万円以上もの金額を送金したことがない。

窓口で聞いたらカードがあれば自動で送金できますと言われた。
そのほうが手数料も50円安いらしい。

      *

貯金を下ろすときも50万円以上になると、
勝手に(自動でも)下ろせないみたいなことを聞いていたが、
あれはどうなったかしら。

どちらも振り込め詐欺防止の策なのだろうけど、
それにしては毎日のように詐欺被害のニュースが流れるよなァ。

      ☆

★無料バスも同じ路線を走る・・・・・・ゴローのバンコク記憶遺産・2008年

タイのバンコクで暮らした2年半余りの間に利用した交通機関。
長距離列車からサムロー(人力車)まで、
毎日のように何かを利用していた。

タイは交通料金が安い。
タクシーも気軽に乗れるので、
ちょっとした遠距離でもよく利用した。

しかし、タクシーはだいたい世界中どこでも同じ(多分)。
タイのバンコクならではの交通機関が僕は好きだった。

その①としたのは写真が見つかり次第
②をまたいつか掲載するよていにしているからだ。

※なお、この掲載内容は2008年から10年くらいまでのものです。

90 07.9.23オー・トー・コータラート 001 (69)
路線バス。タイではバスがとても便利。
何処へ行くにもバス。
鉄道路線が少ないせいもあるが、
遠距離も近距離もたいていは事足りる。
市内を走るバスも網の目のような路線。
そのバスも数種類。
数種類というのは大きさばかりではない、
同じ距離でも利用料金が異なるのだ。
緑色の中型バスが一番安い。
次が赤色中型、そしてこれが一番多いが普通の大型バス。
大型でも古いのと新しい(エアコン付き)では料金が違う。
また、無料バスもある。
オレンジ色のラインのあるバスだ。
これが結構来るのだ。
通勤に営業の仕事に毎日のように利用した。
      *
写真手前左に写っている2台が有名なトゥクトゥク。
いわゆる3輪バイクだ。
僕がいるあいだでもバンコク市内ではタクシーに押されてか、
ずい分少なくなってきていたように思う。
といっても僕もずいぶん乗った。
料金はタクシーよりは割高。
隣国ラオスやタイでも地方都市ではまだまだ大活躍していると思う(多分)。
92 08.5.23アヌサワリーでロッテゥを待つ (7)
ロッテゥ。
乗り合い自動車だ。
一台の客は15人。
行先と料金は決まっている。
僕は会社の通勤に路線バスとともに毎日にように使った。
バスが19バーツ(57円)のところを35バーツ(105円)で行く。
その分、路線バスよりはずっと速い。
      *
下りるときは運転手に声を掛けて自分の好きな場所で降りることが出来る。
料金は客同士が自主的に回収、後ろから順送りで運転手まで届ける仕組み。
朝はタクシーのように途中で客を拾いながらバンコクの市内まで。
ほとんど15人満杯になるが、
時にはその前に高速道路に入らざるを得ないことも。
      *
帰りはロッテゥの出発場所から乗るのだが、時間によっては並ぶ。
そんな時はどんどん出発するが、帰宅時間のピークを過ぎると
15人満員になるまで出発できない。
それでも何分も待ったことはないが・・・・・。
隣の席に若い女性が来れば当たり。
反対ならハズレ。
101 1.2.18-22バンコクとスパンブリー (309)
水上バス。
チャオプラヤー川を上ったり下ったり。
何度も乗ったが僕の目的は観光。
白人など観光客も多く利用するが、
通勤など一般市民の重要な交通機関なのだ。
チャオプラヤー川を渡る橋は少ないし、車は混んでいる。
だから両岸に船着き場のある水上バスはとても利便性がある。
何より安い。
終点まで川を上って1時間(以上かかったかも)で50円くらいだったと思う。
101 07.5.17船着場 010
渡し舟。チャオプラヤー川の右岸左岸を行き来する。
料金は2~5バーツ(6円~15円)。
5バーツの場所は河口に近い方で渡るのに10数分かかる。
どこか昔の佃の渡し(中央区にあった)に似ている気がしてた。
僕は数ヵ所の渡し舟を幾度か乗りに行った。
101 11.2.3-7運河の船二再びバンコク,カオサンほか (33)
101 運河の通勤船
運河を走る高速船。
幅が10mほどの川(運河)を水しぶきを上げ、
荒波を立ててすさまじい勢いで走る。
見ているだけで痛快な気分になる。
あれ乗ってみたい・・・・・・がやっと実現して乗った。
水しぶきが当たらないように周りをシートで被う。
      *
30数年前にバンコクに初めて行った時、
市内は運河だらけで緑が多くとても美しかった。
(東洋のナポリだかベニス?だかと呼ばれていたような・・・・)。
今はほとんどの運河が埋め立てられビルが林立している。
この運河の高速船はバンコクの貴重な遺産ではないか。
93 08.4.2115の路線バスから (14)
バイクタクシー。
BTS(バンコク市内のモノレール)の駅を降りて、
営業に向かうお得意先までの1~2㎞前後の距離に使った。
10~20バーツ(30~60円)。
これがとても素早いというか早くて便利。
客もヘルメットを義務付けられているのだが、
僕がつけたのは2回くらいしかない。
ほとんど運転手は無視(自分はしている)。
女性客はバイクに横座りする。
跨いで乗っているのを見たことがない。
08.7.9オンヌットの渡し舟 (8)
カヌーの渡し
10バーツ(30円)。
小さな川というか用水路というか、やっぱり運河?
そんなところにはカヌーの渡しが・・・・・・。
僕はバランス感覚が悪い。
この写真を撮った後、
カヌーに乗ったのだが、バランスを崩し危うく転覆しかけた。
やっとしのいだものの頭から水を被ってしまい服がびしょ濡れに。
よくぞ、カメラを濡らさなかったものだ。
88 チェンマイ列車の旅 101
列車。
長距離は列車旅。
モチ、バスもあるが旅の気分はやっぱ列車でしょう。
チェンマイ、ノンカイ、アユタヤ、スンガイコロック・・・・・・。
いつか列車旅の話も報告できればと思っている。
94 08.12.10サンケイ近くの町と一輪車 (26)
サムロー(人力車)。
僕は2度、1㎞くらいの距離しか乗ったことがない。
20バーツ(60円)。
タラート(市場)で買い物をしたお年寄りが利用しているのをよく見かけた。
サムローもそうしたタラート付近に並んでいることが多い。
観光客が利用しているのを見たことはないし、
観光地でも見かけなかった。
08.6.7モチット駐車場
出勤の車の駐車場。
郊外のBTS(モノレール・モチット駅)駅前の無料駐車場。
どのようにして駐車するの?
どのようにして出すの?って誰もが不思議がる。
答えは簡単!
ドライバーは自分の車のブレーキを掛けずに止める
(ここの駐車場利用者のルール)。
後で来た人は、手で押して順に詰め、
自分の車が入るスペースまで詰めていく。
出すときはその逆fだ。
少しづつ押し空けていくのだ。
91 07.6.12バスチケット 003
利用した路線バスの切符。
路線バスの中の様子もいつか掲載したいと思っている。
99 08.3.6スラサっクの信号待ち (2)
朝の通勤ラッシュ。
僕が勤務していた会社があったBTSスラサック駅下の交差点。

ミャンマー難民たちのキャンプ(村)・・・・・・タイ北西部(2007年)

★隔離された村に住む数万人の人々

その村(キャンプ)はタイとミャンマーの国境から数十㎞も離れた、
奥深い山の中にあった。

タイ国内の一番近い街からも同じように数十㎞ある。
まったく隔離された山中に作られた村なのだ。

村と道路の間には仕切りの柵があるので
(勝手に)入ることはできない。

竹と藁で作られた家が山中にずっと続く。
この村(キャンプ)だけで数万人が住むという。

      *

1984年に起こったミャンマー国内の政府軍とカレン族の
紛争からタイに逃てきた人たちだ。

タイ北西部にある数ヵ所の難民村(キャンプ)には
合わせて15万人ほどが住むと言われる。

難民村の中でもこの村(キャンプ)は比較的古いほうなのではなかろうか。
当時(2007年)、もう10年以上は経っていると聞いた。

      *

先日、たまたま「黒柳徹子のミャンマー報告」というテレ番を見た。
僕はすぐにこのキャンプの事を思い浮かべたのだ。

現在、新たにミャンマー難民が深刻な問題となっているが、
原因は異なっていても、もう30年近くも前から起こっていることなのだ。

      *

僕ら(ひとりは編集兼カメラで僕は助手)はこのキャンプに目的があって行ったわけではない。
その先(さらに数十㎞)のカレン族の村の結婚式の取材に行く途中に寄ったのだ。

カレン 013
山の中に続く竹と藁の家々。
ここでで生まれた子供はこのキャンプしか知らない
キャンプ内でタイ語を学ぶことを許されたのも数年前(ネットより)。
カレン 011
ミャンマー難民とキャンプについてはネットで詳しく知ることが出来る。↓
http://blog.goo.ne.jp/tanutanu9887/e/3e383cf9bed062625b6e70600b4acf5c
カレン 016
キャンプを出てどこへ行く?街までは数十㎞の道のりだ。
生活費用他タイ政府が面倒を見ていると聞いた。
カレン 021
キャンプ内を流れる川で。
大人と子供が一緒になって何をしている?
洗濯?、行水?遊び?魚とり?・・・・・・・・・。
キャンプ内ではどこも水が大きな問題であるらしい。
難民キャンプに使用.8.20 団地草取り、TVミャンマー難民、映画長州ファイブ (11)
先日のテレビ番組「黒柳徹子の「ミャンマー報告」。

アジアの無形文化遺産"リケー"・・・・・・2008年3月22日

08.3.22ワットキアンとリケー (41)
リケーはタイの伝統芸能で音楽劇。西洋のオペラのようでもある。
08.3.22ワットキアンとリケー (25)
近在の人たちは夜が更けるまで楽しむ。
地べたにゴザを敷いて見る素朴な鑑賞法。

★タイの伝統芸能

リケーはユネスコ・アジア文化センターから選定を受けている
アジアの無形文化遺産だ。

リケーはタイの伝統的な芸能で音楽劇なのだ。
詳しくは↓
https://www.accu.or.jp/ich/jp/arts/A_THA6.html

明るくコミカルで分かりやすい。
言葉が分からない僕でも十分に笑えた。

      *

リケーは主にお寺のお祭りの時などに行われると聞いた。
入場料はなし(つまりタダ)。

その場合の費用はお寺が持つのだと聞いたのだが、
真偽のほどは分からない。

近在の人々は楽しみに待ち望んでいることだけは確かだ。

      *

僕の在タイ中、住まいに一番近いお寺(ワット・キアン)に、
ある日、いくつものネオン(蛍光灯)が煌々と飾り付けられていた。

お寺の横の広場は特設遊園地となり、
さらに奥の広場には舞台が作られ多くの人々がリケー(芝居)に見入っている。

歌(い方)はオペラを聞いているようだ。
言葉は分からないが身振り手振りで意味が通じる。

会場は笑いの渦となる。
喜劇ばかりではないのだろうが・・・・・・・。

      *

この夜、僕は11時まで見た。
まだまだ芝居は続くようで誰も席というかゴザをたたまない。

僕の出勤は朝が早い。
最後まで見たかったのだが、
止むを得ず広場を後にしたのだ。

      *

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

運河に架かる木橋・・・・・・2007年11月

★いくつもの運河、いくつもの木橋

バンコク(タイ)に住む友人に新宿で会った。
彼は現在もバンコクで出版社を経営している。

彼には在タイ中に仕事、
住まいなど公私にお世話になった。

      *

彼から聞く現況報告や共通の知人などの話題は、
僕の在タイ2年半の記憶を蘇えさせる。

あっという間に2時間のお喋りタイムが経ってしまった。

      *

懐かしさがこみ上げ、
僕は帰宅早々写真を保存しているCDを開いた。

07.11.4クローン2の木橋 016
在タイ中、僕は社長でもある彼の家の間借り人(といっても家賃はタダ)であった。
バンコク近郊のその町は運河の街で、
家に着くまでにいくつもの運河を渡る。
運河にはいくつもの古い木橋が架けられ、
まるで風物詩みたいな景色を醸し出していた。
僕はいくつもの木橋を渡りに行ったし絵にも描いた。
07.11.4クローン2の木橋 013
木橋(竹橋)は運河の淵に住む人には大切な生活道路。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

蛙のから揚げとビールの旨さ・・・・・・2009年1月27日

09.1.27蛙とビール (6)
ニンニクの効いた蛙のから揚げにハイネケンはGoo!
07.9.23ビールに氷 002
タイのビールと言えばシンハ。
昼間、運河に浮かぶ船上レストランで飲むシンハは格別。
タイではビールに氷を入れて飲むのが普通。

◆"ゴローのバンコク・記憶遺産"は2007~2009年にわたって
  タイのバンコクに滞在していた時の記憶である。

★昼間飲むビールの旨さ

僕はバンコクでビールの旨さに目覚めた。
それも昼間飲むビールの旨さだ。

日曜日の昼、僕は世話(間借り)になっていた友人と食事に出る。
運河に浮かぶ船上レストランや場末の食堂に行く。

友人もビール好き。
ランチはいつもビールから始まるのだ。

気温の違いか湿度の違いか、
それとも氷を入れてビールを飲むこちらの習慣からか、
とにかく旨かった。

      *

会社からの帰り、
ロットゥ(15~20人の乗り合い自動車)を途中下車して寄った屋台。

ここの蛙のから揚げの旨さは格別。
僕はしばらくハマった。

ここの屋台の蛙のから揚げはニンニク味が効いて、
カラッとした揚げ(もしかして炒めていた?)具合が絶妙なのだった。

蛙にハマってあちらこちらの店や屋台で食べた。
ホテルのレストランでも蛙があれば注文した。

しかし、どこの蛙もこの屋台ほど旨くはなかった。


お犬様の記憶。本「魚の棲む城」

★ゴローの記憶遺産とは?

今日は民謡の稽古日だ。

6月の月例に唄う2曲を決めた。
決めたというより決めさせられたと言った方が正しい。

プログラムを作るのと
演奏の三味線、尺八の音合わせなどの関係で急ぐらしい。

そんなこと言ったって僕はまだ練習不足(2回続けて練習を休んだ)だし、
何か新しい曲を唄いたいし練習もしたい。

      *

いま、苦戦中は「秩父音頭」だ。
どうしても1ヵ所クリアできないのだ。

もう一曲が「越中おわら節」。
この曲はある事情からひそかに前から練習していた。

そんなわけで、ハンコこそもらえないが、
当日までに何とか様にしたいと思っているのだ。

      ☆

新しいカテゴリーに"ゴローの記憶遺産"を加えた。
何のことはない、古い昔の思い出の掲載だ。

写真はプリントからとデータからのがある。
モチ、プリントはデータより古く20年前以前のもの。

      *

写真も思い出話も押し付けるようで迷惑だとは思う。
しかし、溜まった写真・データを掘り起こすのは
年寄り(僕のこと)の楽しみのひとつなのだ。

なくべく厳選し、面白い内容にしたい。
さらに、このカテゴリーが僕のボケ防止の役に立てば幸いなのである。

☆お犬様・・・・・・ゴローの記憶遺産 その1
07.6.10朝の風景・緑参考・犬 037
2007年タイのバンコク。
あちこちにやたら犬がいた。
郊外、鉄道の駅、お寺の境内・・・・・わんさかいる犬はみな放し飼いだ。
もしかしたら野犬だった?
      *
犬たちは路上を闊歩し、路上で寝て路上でウンチもする。
タイは敬虔な仏教徒が多く、生き物を大切にする。
犬もやたらに捕まえて処分したりはしないと聞いていた。
もっとも僕の滞在中にトラックいっぱいの犬が
ベトナムに密輸されたというニュースもあった。
これは食用にするためらしかった。
      *
ほとんどの犬はおとなしい。
日常では恐れることはないのだが、
時々は吠えたり、向かってくるような犬に会うこともある。
僕も自転車でバス停に向かう途中、数匹の犬に追いかけられ
一度は噛まれた。
噛まれた傷はたいしたことはなかったのだが
それでも僕は病院へ行き狂犬病の予防接種(ワクチン)を済ませた。
      *
タイの印象ベストテンをあげよと言われたら
僕は間違いなくお犬様を入れる。

      ☆

スキャン_20170519
内容は田沼意次もの。

★本「魚の棲む城」 平岩弓枝

内容は田沼意次もの。

歴史内容本を仮に
①ノンフィクション(またはそれに近い物)
②歴史小説
③時代小説
の3つに分けるとしたら、
この小説は時代小説に入る・・・・・と思いながら僕は読んだ。

Index of all entries

Home > ゴローのバンコク・記憶遺産 Archive

タグクラウド
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Return to page top