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ゴローのビエンチャン・記憶遺産 Archive

晴れ着の娘と赤ちゃんを背負う娘・・・・・・2011年・ビエンチャン・記憶遺産。ゲン担ぎの5678

★暑い季節になってしまった

今日は婆も忙しく2人の孫を爺(僕のこと)一人で見ていた・・・・・・と言うより
一緒に遊んでいた。

朝から一日中見ているのなら、
何処かへ連れて行ってやればよかったかも。

      *

近くの2~300㍍くらいの山にハイキングにでも……
と思っているうちに暑い季節になってしまったのだが。

      ☆

★晴れ着の娘と赤ちゃんを背負う娘・・・・・・2011年・ビエンチャン・記憶遺産

※"ゴローのビエンチャン・記憶遺産"は2011~2014年にわたって
 ラオスのビエンチャンに滞在していた時の記憶。
 多くの人々にお世話になりながらの見聞・体験記。

ラオスには50前後の民族が住むと言われている。
人口が600~700万人の国でしかないのに。
少ない民族は500人とも・・・・・。

ビエンチャンでは地方からのお上りさんをよく見かけた。
明らかに山岳民族の衣装の人もいた。
そうした民族衣装の人は若くはなかったけれど。

20111203100904c80[1]
晴れ着でビエンチャン見物に来た。
山岳民族の娘さんと思われる。
(ビエンチャンの中心、凱旋門前の噴水にて・2011年)
20111118113940fd4[1]
店番をしながら赤ちゃんを背負っている娘。
(ラオスの北の大きな街シェンクワンの市場にて・2011年)。

      ☆

★ゲン担ぎの5678
CIMG4926.jpg
今日の携帯の歩数計が5678歩のストレート。
いいことあるかなァ・・・・・・と、ゲン担ぎしているのだけれど。

荼毘の炎・・・・・・2012年。平日の在宅が重要

★平日に在宅していることが重要

団地の水道メーターは5年にごとに交換するらしい。
今朝、その交換業者が来た。

管理組合の担当者が立ち会う。
同時にポンプ漏れの点検などもするらしく、
管理組合の副理事長の仕事として僕が立ち会った。

といってもポンプ室の鍵を開けたり閉めたりすることぐらいだが、
平日に在宅していることが重要らしい。

     ☆

★荼毘の炎……2012年ビエンチャン(ラオス)

『"ゴローのビエンチャン・記憶遺産"は2011~2014年にわたって
 ラオスのビエンチャンに滞在していた時の記憶。
 多くの人々にお世話になりながらの見聞・体験記』

      *

ビエンチャンの中心部にある大きなお寺。
通っていたオフイス前の大通りを挟んで向かいにあった。

このお寺でのお葬式は要人、身分の高い人、お金持ちなどに限られていると聞いた。
敷地内2ヵ所で同時に葬儀が行われることがある。

鳴り物入りの行列で寺の外周を回わり葬儀に入るのを見たこともある。
その外周は1㎞を超えるほど長い。

大きな葬儀で参列者が1000人以上というのもあった。
お坊さんの数で僕が数えた中で最も多かったのが100人(前後)。

      *

葬儀が終わると祭壇に火がつけられる。
その頃には参列者のほとんどがもういない。

数時間後、積み重ねられた薪が燃え尽きるまで、
火の番人が2、3人いるのみ。
消防自動車が待機していたことがあった。

      *

遺族が骨を拾いに来るのは翌日の朝。
その様子を写真に収めたこともある。

12.3.21大きな葬儀 (72)
炎の高さは10mを超えているのではなかろうか。
大きな葬儀になるほど祭壇が高くなる。
この葬儀の参列者はおよそ1000人、お坊さんは100(前後)人だ。
12.12.6お葬式 (30)
こちらは学校関係者なのか学生の参列者が多く見られた葬儀だった。
121.2.3 荼毘 (24)
遺族が骨を拾いに来るのは翌日の朝。
12.12.6お葬式 (48)
こちらの葬儀には80人ほどのお坊さん。
12.12.6お葬式 (64)
塀の内側が納骨所になっているお寺が多い。

本当に心が癒された・・・・・・親鶏とヒヨコたち。なんでこうなるの?

★なんでこうなるの?

今日は民謡の総会の資料作り。
イオンの中のイートイン(喫茶コーナー)で会計係と
議案書、決算報告書と次年度予算案の確認校正等々。

校正直しにいったん我が家に戻ったり、
コピーのために走り回ったり・・・・・・。

なんでこうなるの?
要するに会長とは使い走り含むなのだ。

      ☆

ff
親鶏にヒヨコ。ビエンチャン(ラオス)でならニュースにならない。

★本当に心が癒された・・・・・・ゴローのビエンチャン・記憶遺産

都心をカルガモの親子が行列で歩く姿がかわいいと話題になった。
可愛いこともあるが珍しいからマスコミで話題になる。

      *

ビエンチャン(ラオス)でならニュースにならない。
かわいいのは同じだけれど、どこででも見られるからだ。
但し僕がライスで行動した範囲内ではあるが・・・・・。

ヒヨコたちがピヨピヨと列をなして親鶏について行く光景には
本当に心が癒される。

日本でも日常的に間近に見ることが出来たら、
子供の虐待事件などきっと起こらない・・・・・などと思ったものだ。

◆"ゴローのビエンチャン・記憶遺産"は2011~2014年にわたって
 ラオスのビエンチャンに滞在していた時の記憶。
 多くの人々にお世話になりながらの見聞・体験記。

“ダン”を弾いてくれた山岳民族のおじさん・・・・・ビエンチャン(2011年)。春“からし菜”

CIMG9662.jpg
今日の食卓の春は“からし菜”。旨かった。

★100円でなら買ってしまった方が・・・・・

フキノトウの天ぷら、菜の花に続く食卓の春、
今日は“からし菜”。
農家直販売り場で100円で買ってきた。。

     *

荒川の土手で、菜の花、からし菜摘みは出来るが、
2年半ほど前に引っ越してきてから、
土手まで少し遠くなったので行くのが面倒になった。

それに土手は未だスーパー土手の工事中だ。
100円でなら買ってしまった方がいいのだ。

今日のからし菜も旨かった。

      ☆

hff.jpg
ラオス北部の山岳民族の村でお土産用“ダン”を売っていた。

★ラオス北部の山岳民族の村で・・・・・・2011年

おじさんが手にしているのは“ダン”という弦楽器だ(多分・間違ったらゴメンナサイ)。
ラオス北部の山岳民族の村でお土産として売っていた。

おじさんが手にしているのは本物(多分)。
本物といってもおじさんの手作りらしく粗末に見えた。

僕はその場でおじさんに弾いてもらった。
馴染みないメロディーだったし、あまり上手には思えなかったが
とにかくおじさんは音色を出してくれた。

お土産用にはやっぱりおじさんの手作りらしい
小さめな“ダン”売っていた。
僕は50000キープ(500円)で買った。

      *

ダンを弾いている人はあまり見ない。
タイのバンコクでこの楽器を路上で弾いている人(物乞い)に出会った。

彼が弾いていたのは1メートルくらいの丈のある大きな“ダン”だった。
音もしっかりと出ていたしメロディーもそれとはっきりわかる。

僕は持っていたicレコーダーに2、3分だけだが録音させてもらった。
たしかお礼に100バーツ(300円)払ったと思う。

      *

なお、買った“ダン”は帰国後、家で開いたらすでに壊れていた。

      ☆

★今日の散歩から
18.3.16 散歩 シイタケ (3)
散り際の梅。
18.3.16 散歩 シイタケ (15)
シイタケの栽培。
18.3.16 散歩 シイタケ (21)
美しくサンシュウ。手前の赤はボケ。

カオニアオ(モチ米のご飯)・・・・・・2011~2013年ビエンチャン。座席に忘れた柿10個。

★座席に忘れた柿10個

せっかく友達にもらった柿を電車の座席に忘れてきてしまった。
彼は遠くから重い目をして持ってきてくれたのだ。

僕が柿好きなことを知って、
自分家の庭の柿の木からもいでくれた10個ほど。

これからは外出の折にはザック(リュック)を背負って行くか
頭陀(ずだ)袋を持って行くことにしよう。

      *

友達へ・・・・・・ゴメンナサイ(-_-;)。

      ☆

ティップカオとカオニアオ
とくに美味しかった日のカオニアオ。
2011092913265456b[1]
タンブンに出るアパートの管理人のおばさん。
毎朝、お寺から回ってくるお坊さん一行(5~15人)にお供えする。

★カオニアオ・・・・・・ゴローのビエンチャン・記憶遺産 2011~2013年

カオニアオとはモチ米で炊いた(蒸かす)ご飯。
ティップカオという竹で編んだ容器にいれて食べる。

箸は使わない。
指でつまんで口に運ぶ。

      *

在老(ラオス)中、僕の朝食は毎日このティップカオに入ったカオニアオだった。
アパートの管理人のおばさんにおすそ分けしてもらう。

おばさんがタンブン(お坊さんにお供えする)用に炊いたものだ。
毎朝、炊いたばかりのカオニアオをタンブンする前に持ってきてくれた。

      *

カオニアオは美味しい。
おかずなどいらない。
僕はちょっと塩の濃い梅干しだけで食べ、朝食とした。

シーパン・ドンの稲刈り体験・・・・・・2012年11月3日

◆"ゴローのビエンチャン・記憶遺産"は2011~2014年にわたって
 ラオスのビエンチャンに滞在していた時の記憶。
 多くの人々にお世話になりながらの見聞・体験記。

★ラオス最南端の島で稲刈り体験

ラオスの有名観光地シーパン・ドン(4000の島)へ行った時の事である。
散歩中、稲刈りをしている農婦がいた。

僕は腰をかがめて鎌で稲を刈る姿をしばらく見ていた。
農婦は左手で稲の根元あたりを束ねるように掴み、
鎌を当ててサッと引く。

いとも軽そうに次々と刈る。
簡単そうなので自分もやってみたくなった。

農婦に頼みこんで鎌を借りやってみた。

      *

思ったほど簡単ではなかったが、
それでも10分ほどやらせてもらった。

気付かなかったのだが、
僕が稲刈りをさせてもらうのを見ていた婦人(おばさん)がいた。

僕が鎌を農婦に返すと、
それを待っていたかのようにおばさんは農婦に何やら掛け合っている。

そうか、おばさんも稲刈りをしてみたかったんだ。

※シーパン・ドンはメコン川の中州にできた島で4000の島の意味。

1 12.11.3 4000島3日目4814 (100)
僕は農婦が腰をかがめて鎌で稲を刈る姿をしばらく見ていた。
2 12.11.3 4000島3日目4814 (104)
声を掛けるとにっこり笑って承諾してくれた。
要領を教えてもらい僕は稲刈りを始めたが、
農婦は不安そうな顔をして見ていた。
3 12.11.3 4000島3日目4814 (107)
僕の稲刈りを見ていたおばさん。もしかして畑の持ち主?
4 12.11.3 4000島3日目4814 (95)
おばさんも農婦から要領を教わるとさっそく体験稲刈り?を始めた。
正直、僕はビックリした。

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