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2010年11月 Archive

クリスマスがやってくる。本「インドでわしも考えた」

  • Posted by: ゴロー
  • 2010-11-30 Tue 22:57:15
10.11..30ブログ用クリスマス (25)

明日から12月。
クリスマスがやってくる。

我が家のツリーは、
2つの人形と、
組み立て式の木でできたツリー。

ツリーは今日の夜、
3歳の孫娘が組み立てた。

シンプルがいいというわけではないが、
狭い家の中にもみの木の
ツリーを飾る場所がないのだ。

それに、
これは飾りつけも簡単、
置くだけ。

毎年くりかえし使えて
経済的。
今流に言えばエコ。

クリスマスの飾り付けのいいところは

誰でもできて、
どこでもよくて、
どんなものでも飾りになって、
老若男女の区別なく、
年齢差別ももちろんなし。
貧富の差なく行い、
・・・・・・・、
・・・・・・・。

だから世界に拡がった。

CIMG5191.jpg

本「インドでわしも考えた」椎名誠

著者がインド行ったのは
いつ頃のことだったのだろうか?

本の発行日から考えて
おそらく27、8年前ではなかったか。

僕がインドへ行った時期と
数年しか離れていないので、
読めばインドへ行った当時のことが
思い起こされるかもしれないと期待して読んだ。

文庫本の230ページばかりの本で、
写真のページが4分の1か5分の1ほどを占める。

読んだ限りにおいては
タイトルのように
著者が“考えた”というほどには
何かを考えているようには思えない。

見たままをそのまま書いているから、
この本は人気があるのじゃないか。

とくに、放浪癖のある
旅行好きには・・。

僕のインド滞在は
3週間に満たないが、
その時の体験を話せといわれれば、
今でも2時間は話をすることができる
と自分では思っている。

それには、
観光旅行では味わうことのできない
体験が多かったからだ。

この本がちょっと物足りない
と感じられるのは、
興味半分、旅行気分半分にでしか、
見ていない、書かれていないからだ。

今の著者なら、
ぜんぜん違う“インドで考えた”
を書くのではないだろうか?

中国映画、伊丹十三、大林宣彦と一日に3本の映画(DVD)を見た

  • Posted by: ゴロー
  • 2010-11-29 Mon 17:56:42
  • 映画
今日は映画(DVD)を3本も見てしまった。
TSUTAYAへ借りに行ったのは昨日。

妻が珍しく、
何か借りてきてくれというから
借りてきたのが2本、自分用に借りたのは1本だった。

ところが、
妻は両方とも、
15分も見ないうちに、
見るのを止めてしまった。

多分、
1本は内容を理解するのが面倒になった、
もう1本も話の展開をまだるっこく思ったようだ。

せっかく借りたのだから、
見ないで返すのはもったいない。

そんなわけで、
僕が今日の午前中から
自分用も含めて3本を見ることになったのだ。

hituji.jpg

1、ようこそ、羊さま(中国映画)

雲南省の3700メートルの寒冷地での話。
まさに僻地だ。

作物が実るような土地ではなく、
羊が食べるような草すら生えそうもない村が舞台だ。

まず、その風景に見とれる。
おそらく、通常の観光旅行では、
見ることができない景色だろうと思う。

淡々と、
ドキュメンタリー映像を見ているかのように
進む展開が自然でいい。

ひと頃、
中国ではこのような映画が流行ったのだろうか。
高い評価も受けているようだ。

yamai.jpg


2、大病人

三国連太郎は本当に上手な役者だ。

悲劇の中に、
滑稽さを描き出す。

人の心の奥を、見せてくれる。

伊丹十三監督作品。

10.11.29ブログ用映画 (65)


3、なごり雪

伊勢正三の
フォークソングだったと思う。
いい歌だった、

多分、家内も見るだろうと思って借りた。

大林宣彦監督の映画だということがちょっと気になった。

ウーン、
やっぱり大林監督らしい。

そんな、感想をもった映画(内容)だった。




驚きの優れもの!全くかけ離れた環境で同じように遊べるゲーム

  • Posted by: ゴロー
  • 2010-11-28 Sun 21:06:36
10.11.28ブログ用ジェンガ
3歳の孫娘でも簡単に覚えられるジェンガ

2人の孫娘に連れられて児童館へ行った。
室内で遊べる遊具、本などが揃っている開放スペースで、
幼児から小学生ぐらいまでが利用できる。

幼児は保護者同伴なので、
休日ともなると父親や
僕のようなジージも孫を連れて(連れられて?)
利用している。

7歳になる孫娘が
ジェンガを借りてきた。

3歳の孫娘もすぐに覚えて3人で、
1時間ほど楽しめた。

(さすがに、抜き取った積み木を
さらに上に積み上げるのは
3歳では難しいので、
どこまで抜き取れるかにしたが・・)

ゲームは数多く揃えてあるのだが、
子供たちは、どれもすぐに飽きてしまい、
なかなか長時間は持たない。

これまで、借りた中では最長時間持ったかも知れない。

このゲームはとても優れものだ。

年齢、男女、人種・言葉を問わず一緒に楽しめる。

まず、年齢だ。
3歳の孫娘と65歳の僕が一緒に出来る。
元気であれば100歳のお年寄りだって、
3歳の子供できるのだ。

男女はもちろん問題ない。

人種・言葉はどうか?

僕がこのゲームを目にしたのは
今日で2度目なのだ。

一度目、つまり最初に目にしたのは
2年ほど前のことだ。

ところはタイのリゾート
プーケットの、
それも海岸沿いの夜のカウンター・バーだった。

ここには世界中からさまざまな国の人が集まる。
人種も言葉も違う。

このゲームは言葉が要らない。
必要としない。
難しいルールもない。

(たまたま、興じている人たちは英語で話していたが、
たとえば、そのどちらかが英語を知らなくても大丈夫)

かたや児童館で3歳の子が、
一方、遥か南の地では
大人たちが夜のカウンター・バーで・・。

あまりにもかけ離れた状況(環境)で、
同じように遊べるゲームって
他に何かあったかなァ?

09.1.1プーケット (140)
ジェンガがあったプーケットのカウンターバー(2008年撮影)



誕生日プレゼントは絵手紙?


4日ばかりずれたが、
僕の誕生日の祝い(食事会)を
今日やってくれた。

といっても、
外食チェーン店に
ステーキを食べにいっただけなのだが・・。

××「みんなで食べるとおいしいね」

これは、毎夕食事、3歳の孫娘が口にする。

まったくその通りだ。
娘家族、2男家族ので
大人6人、子供3人の計9人。

長男だけが所用でどうしてもこれなかった。

7歳の孫娘が
誕生日のプレゼントといいながら、
くれたのは・・・、

中を開ければ、
手作り栞と手紙。
まァ、絵手紙といったら良いか。

「ありがとう」

それぞれ、忙しいので、
こうして顔を揃えて食費をするのも、
数ヶ月ぶりになる。

みな健康で、
ステーキが美味しいといって食べれることが、
何よりのプレゼントかもしれない。

誕生祝いの手紙

大失敗!せっかく録音してきたのに、データ(音)を消してしまった

今日は一日パソコンと
にらめっこになってしまった。

じつは、今回の旅行の目的のひとつに
音取り、行った先のさまざまな音を
録音してしまおうということがあった。

・ラチャモンコン大学卒業式後のお祭り騒ぎ
・ホテル前の朝、
・屋台が並ぶ歩道、
・BTS(高架電車)の中、
・ゴーゴーバーの並ぶ通り、
・ゴーゴーバーの店の中、
・いくつかの訪問した会社、
・路線バスの中、
・船とその乗客たち、
・アユタヤまでの鉄道列車、
・車内の売り子、
・ラオスの450年祭のイベント会場、
・市場の中、
・カジノの中、
・シンガポールの食堂、
・マレーシアの電車内、
・ラオスのナイトクラブ
・ローイカトン会場の喧騒、
・チャオプラヤーの打ち上げ花火、
・舞台での歌とダンスの狂乱、
 
まだ、ほかにあったかも知れない。

半分は喧騒に近い。
色々な音や声が混ざり合ってもいる。
馬鹿デカイ音楽が流れる。

とにかく、音が楽しい。

音を楽しむ国、街そして旅があるのではないか。
音を楽しむ風景だってあろう。

それら、思い出をそのまま音で楽しむことは出来るか?
以前から試したいと考えていたことなのだ。

2台のレコーダーを利用して、
延べ10数時間は録音している
(1台はメモリー内蔵タイプ)。

今日は
これらをCDに焼き込もうと
朝からパソコンを前に奮闘していた。

ところが、
上手くいかない。

これまで、使ったことのないソフトが立ち上がってしまい、
これが、上手く操作できないでいるうち、
あろうことか、
片方のレコーダーのメモリーを消してしまったのだ。

消して(削除?)してしまったとしか、考えられない。

何度もイヤホンで聞いた音がないのだ。
3分の1から半分近く消えてしまったのではないか。

残りもCDへの書き込みは完全ではない。

そんな一日で、
録音作戦はなんとも中途半端な結果となってしまった。

そのために割を食ったのは
多分2人の孫娘?

いや、嫁(息子の)か。

今日はジージ(私、ゴロー)が
孫娘の面倒を見る役を仰せつかっていたのだが、
ほとんど、ほったらかしだった。

“うるさいことはいいことだ”と、
そんな気にもなってしまう旅の風景だ。
最大のボリュウクムで踊る若者たち。
チャオプラヤーのローイカトーン会場で
10.11シンガポール→バンコク (506)


来年の流行語?美活(ビューカツ)

10.11.26ブログ用学研&長堀 (38)

美活と書いてビューカツと
読むのだそうである。

美活(ビューカツ)が書かれていたのは
赤坂ツインタワービル(港区)の1階、
ここの室内ゴルフ練習場内にある看板だ。

この新語を造り出したのは、
ここでゴルファーのためのアロマセラピーと
ネイルサロンを行っているのは二人の女性(美女)。

「なかなかいい言葉を造ったじゃない」

××「いいでしょ!
二人で一所懸命考えたの」


実は一人は僕の知人。
仕事上だが、付き合いは長い。
雑誌の編集時代に
原稿依頼をした元スポーツ記者。

アロマには女性客はもちろんだが、
けっこう男性客も来るらしい。
ネイルは当然女性が100パーセントと思いきや、
こちらも男性客もたまに来るとか。

女性プロゴルファーの間では
ネイルはもう普通のことらしい。

山には山ガール・・。

ということは、
ゴルフ場には、ネイルゴルフガール?

ところで、
コピーはいいのだけれど・・・。

「頑張っているね。
お客さんの入りはどう?」

など、余計なことを聞いてしまった。

××「まず、まずです」

まだ、夕方の5時前だから
暇だったのかもしれないが、
話をしている30分の間、
どちらも来客はない。

「通りに出てお客さんを
キャッチしなくちゃいけないんじゃない?」

またまた、余計なことを聞いてしまう。

××「エー、そうなんですか?
じゃ、社長と相談してみます」

「そうだよ、今はキャッチしなきゃ。
流行っている店だって、
キャッチが必要なんだから。
キャッチするから流行るんだよ」

など、さらに追い討ちをかけるかのように
知ったかぶりの余計な一言。

ごめんなさいネ。

【美女を相手にして、
全く年寄りには困ったものだ・・・。
コレだから若い人に嫌われる。
・・・これは自戒の念】


旅行中添付できなかった写真

旅行中ブログに添付できなかった写真です。

バンコク市内に残る運河のボート。
朝夕の通勤時は満員だ
10.11.16~ (57)

ラチャモンコン大学の卒業。
式の終わった後はお祭り騒ぎ
10.11.16~ (169)

格安航空券のエア・アジア。
瞬く間にアジアを席捲。日本にも乗り入れ?
10.11シンガポール→バンコク (29)

ビエンチャンの最もにぎやかな一画。
高層建築は見当たらない
10.11シンガポール→バンコク (72)

ラオス側から見たメコン川。
対岸はタイ
10.11シンガポール→バンコク (96)

ラオス450年記念大イベント。
一週間のお休みだ
10.11シンガポール→バンコク (118)

タートルアン(ラオス)では
お坊さんに食事の施し(タンブン)
10.11シンガポール→バンコク (168)

王の像の前で記念写真を撮るラオスの人々。
経済が豊かなっている証拠だろとOさんだ
10.11シンガポール→バンコク (213)

ラオスからタイへ陸路を行く。
橋の真ん中が列車の線路になっていた。
一日2本の列車に遭遇。
列車が渡る間は車通行止めになる
10.11シンガポール→バンコク (242)

バンコク市内の動物園には白鹿がいた
10.11シンガポール→バンコク (345)

ローイカトーンはバンコク市内では、
タクシン橋のふもとが一番賑わうようだ。
ものすごい人出と喧騒の中、
夜が更けるまで賑わう
10.11シンガポール→バンコク (482)

BTS(高架モノレール)はシーメンス(ドイツ)製。
このほか、空港はフランス、バスはベンツ・・・。
日本の技術に何が足りないのか?
技術以外に何か必要なものがあるのではないか?
新幹線を海外に売るにしても
相当に考えなくてはならないだろうと思ってしまった。
日本が井の中の蛙にならないためにも。
CIMG4034.jpg

シンガポールの新名所“マリナベイ”。
一階はカジノ。
3つのビルを繋いでいる屋上は
船の形になっている。
日本が観光立国を目指すなら、
大いに学びたい所だ
CIMG4070.jpg

クアラルンプール(マレーシア)のツインタワー。
感動するほどの美しさだ
CIMG4126.jpg

ワットプラケオの前で買った
縄紐で作ったコブラ(バンコク)
CIMG4720.jpg

リバーシティには骨董品店がいっぱい。
見て回るだけでも十分楽しめる(バンコク)
CIMG4767.jpg

アップナッムの街。港の倉庫内では、
水揚げしたばかりのイカを加工中
CIMG4870.jpg

素晴らしい景色の中、
往復30分の渡し舟を楽しんだ(アップナッム)
CIMG4994.jpg

魚市場を散策。河口付近の渡し舟にも乗ったぞ・・。

24日

今日のフライトは夜だ。
一日得した気分で出かけた。

行き先はナップアッムという街。
チャオプラヤー(川)の河口付近にあり、
特に魚市場が有名ならしい。

船着場からいつもとは反対の河口方向に下がる。
ところが、船は2つ目の船着場で終点だ。

そこからアップナッムまでは
タクシーで行くことにした。

船の切符売りのおばさんも
下船後に聞いた宝くじ売りのおばさんも
どちらもタクシーで行けと教えてくれたのだ。

乗ったタクシーの運ちゃんはサイという名前だと
自己紹介する。
やたらと、明るく話しかけてくる。

こちらは解らなことばかりで、
いいかげんにこたえていたら、
タクシーは高速道路に突入。

およそ、行きたい場所とは
方角違いへ車は疾走する。

大丈夫か?
間違ってないか?
遠回りしているのではないのか?

何を言っても。

××「マイペンライ(大丈夫)。
良く知っている」

と答えるばかり。

なんと、車は逆戻りすかのように
バンコク市内の高速道路を一周した。

とにかくタクシーは30分足らずで、
アップナッムに着いた。

それでも、高速代、タクシー代を入れても
1000円ちょいだ。
バンコクのタクシーは実に安い。
(他に、バス、鉄道、船も安いと思う)。

さて、アップナッムは噂通りの
タラート(市場)の街だ。

河口に近いこともあって、
魚市場も大きい。

港では
とったばかりの魚やイカを
売り出せるように幾人もの人たちが
きれいにしていた。

市場には珍しい
カブトガニも並んでいる。
イカ種類は大小20種類を超えていた。
生きたまま並んでいる物も多い。

とにかく、
魚といい、
野菜といいその種類は豊富。
街は喧騒として活気にあふれていた。

屋台で昼食を食べ、さらに1時間。
市場の散策は合計2時間かかった。

市場の端から
対岸への渡し舟があった。

河口付近なので、
川幅は1キロメートルはあるように見える。

「渡るのに何分かかりますか?」

△△「10分です」

「じゃ、1時間以内には戻って来れますね?」

△△「30分で大丈夫ですよ」

料金所のお姉さんが教えてくれたので
早速、乗った。

渡し舟は風情がある。
このあたり、河口付近の景色もいい。
料金も安い。

つい、乗りたくなるのだ。

それでも、ここは3.5バーツ(約17円)で
他よりも高い。
きっと距離が長いからだろう。

帰りはバスで帰ることにした。
ガイド地図で調べると、
ホテル近くまで行くバスがある。
待てば無料バスだって使えそうだ。

バス停に待っている女性に聞いた。

「オンヌットへ行くは何番ですか?」

そのオンヌットの発音がまったく通じない。
隣のおばさんも加わってやっと解ってくれて
バスに乗ることが出来た。

バス代は25バーツ(約90円)。

途中、渋滞に巻き込まれ、
2時間を要した。

行きの高速道路利用で大回りをした
タクシーのサイ運ちゃんは
やっぱり正しい道路選択をしていたんだ。

そういえば、
今日は僕の65回目の誕生日だァ。
















骨董品の値段を聞いてみた

23日

�値上げしていた入場料金

ワットプラケオは
王宮に隣接するタイでは最も名高いお寺だ。
エメラルドの仏像があることでも知られる。

0さんと午前中はそこへ行くことになった。
2人とも何度か行ってはいるところだが、
何度行っても見ごたえはある。

ところがバスが渋滞にはまってしまい、Y
そのバスには入り口の反対側で下ろされて
入場券売り場に着いたのが11時を回ってしまった。

さらに、
入場料金が350バーツと、
前よりも100バーツも値上がりしていた。

午後一で訪問する会社の約束時間は1時。
すでに、ゆっくり見て回れる時間はなく、
値上がりもしていることだしということで急遽キャンセル。

近くの船着場からチャオプラヤー(川)を
下って戻ることにした。

午後一で訪問した会社では3時過ぎまで話。


�骨董品の値段を聞いてみた

その後は0さんとも別れて一人でぶらぶら。
行ったところがリバーシティという名の建物だ。

ほとんど骨董品店ばかりが集まっている。

仏像を中心に
多くの骨董品が並べられている。

世界中からここに
骨董品を買いに来るという。

個人の収集家ばかりでなく、
公的な博物館なども
くると聞いた。

中にはラオス、カンボジアなどから入る(流れてくる)、
貴重なものもあるのだとか。

ぼくにはウインドゥショッピングしか出来ないが、
鑑賞するにはいい。

「これ、いくらなんですか?」
ある店で布に描かれた古い曼荼羅の値段を聞いた。

××「175000バーツ(約500000円)です」

「とても高いですね。僕には買えません」

××「こちらなら、17500バーツです」
と10分の一の価格の少し汚れたような薄い布地の
曼荼羅を見せてくれた。

さらにその店員は、
名刺のファイルを開き、
購入に来た日本人の名刺を見せるではないか。

「この人たちはお金持ちか、
会社の社長さんだよ」

さらに、別の店では
ファラン(白人のこと)が
○○「これはいくらか?」
と大きな仏像の値段を聞いていた。

△△「500万バーツ」

と店員はこたえていた。
これは1400万円ということになる。

ちなみに、リバーシティ・ビルの隣はシェラトンホテル、
さらにオリエンタルホテル(アジアで最高級のひとつに数えられる)、
シャングリラと続く。


24日の予定

船で魚市場へ行きたい。
フライトは夜なので昼間はどこかで時間を潰さねばならないのだ。

日本帰国は25日朝。







タイ式マッサージを時間調整のために受けた

22日

0さんの仕事に同行、
バンコクの旅行業社4社を回った。

そのうち1社は、
僕が在タイ中、
2年ほど前、
営業に行った会社だ。

社長のNさんも僕の顔を覚えてた。


①時間調整にタイ式マッサージ

マッサージを受けるのはあまり好きではないが、
時間調整の間に1時間のコースを受けに行った。

タイ式のマッサージの資格は
ワットポー(ポーという名の寺の意)のみで受けることが出来ると聞いたことがある。
ワットポーはタイでは最も有名なワットプラケオの隣にある。

暁の寺として知られる
ワットアルンと並ぶ超有名なお寺だ。

ここの寺の中に
タイ式マッサージを教える学校があるという。
教えるのはお坊さん?

ここで、2週間?厳しい指導と訓練を行い
合格しなくてはならない。

日本人でも入学可能と聞いたことがあるが定かでない。

「あなたはワットポーを
卒業したのか?」

と聞いたところ

××「はい」

とマッサージの女性は答える。

真偽のほどは解らない。


②退屈しない会社同行

僕は旅行業のことは
まったく解らないが、
Oさんに10社近く同行して、
初めて知ることが多かった。

旅行中のさまざまな見聞で
カルチャーショックも受けた。

東南アジアの各大都市を走る電車ひとつをとってみても
そこに日本製のものはない。

空港も、その中を走る自動車も・・。

なぜなのだろうと考えてしまった。


21日

①動物園

王宮から近く、
ホテルからも電車(BTS)、バスの乗り継ぎで30分ほど。
入園料は50バーツ(約180円)。

休日ということもあって
園内は家族連れでいっぱいだ。

1時間半ほど見て回ったが。
緑が多く、とても楽しい。

白鹿、白蛇(大蛇)、白い虎がいた。
ほかにも、この国に住む珍しい動物がいい。
爬虫類、亀、鳥・・・・・・・。


②アユタヤ

今日はローイカトーンという
タイでは大きなお祭りの日だ。

花で飾った円形の船(カトーン)にローソクを灯し川に流す。
日本の精霊流しに似ているが、
意味合いは少し違うとも聞いた。

アユタヤへ見に行くことにしたのだが、
車は混むのではないかと予想をし、
行きは列車で向かうことにした。

Oさんの友人ご夫妻が一緒に行く
集合は午後1時。

アユタヤ行きの列車は
ファランポン駅(バンコクの中央駅だ)から出る。
タイは鉄道があまり進んでおらず、
本数も少ない。

列車が遅れたこともあって、
アユタヤに到着したのは午後4時を過ぎてしまった。

早速、トクトック(三輪タクシー)に乗って
近くの川(チャオプラヤーの上流にあたる)べりに行く。
すでに、祭りは始まっていた。

僕らも50バーツ(約180円)を出してカトーンを買い、
ローソクを灯して川に流した。

もうひとつ、
コーンファイという
火を灯した提灯あるいは気球のようなものを上げる。

コーンは人の意味だし、
ファイは火のことだ。

人の魂のことを言っているのだろうか。

これがいくつも空に上がる。

幻想的でとても美しい。

夕暮れの空に
Oさんと友人夫妻、僕の4人で上げた
コーンファイが
たぶん、アユタヤのこの場所では最初のものになったと思う。


③サパーンタクシン(タクシン橋)

バンコクに帰りついたのは午後8時を回った頃。

こんどは一人でタクシン橋の船着場へ
ローイカトーンを見に行った。

ものすごい人出だ。
それにものすごい騒音。
大音響の音楽とマイク。

船着場の前は出店と人で埋まってしまい
身動きとれないほど。
よくもこんな場所(道路)に屋台を出しているなァと
あきれてしまうこともあるが、
それがこの国らしい。

だれも文句をいわないし、
みなが雑踏も、喧騒も
どちらも楽しんでいるように思える。

船着場の隣の寺からは、
次から次とコーンファイが上げられる。

満月の空に向かって
生きた星のように上っていく
いくつもの灯は
本当に美しいのだ。

この付近は
オリエンタルホテル、ペニンシュラ、シャングリラ、ヒルトン・・・
世界でも最高級の5星ホテルがいくつも建ち並ぶところでもある。

船に乗って川の真ん中へ行き、
“花の船”流すサービスが行われていた。
これが20バーツ(約70円)。

王宮のある上流まで1時間の遊覧込みの船が100バーツ。

順番にどちらも乗った。

やがて今日のクライマックスが・・。

船が途中で止められた。
ラッキーなことに、
これから花火が打ち上げられるのだという。

そして、15分後、
チャオプラヤー川の真ん中
僕が乗っている船の前で、
何百発もの打ち上げ花火のショーが行われのた。

















チェンマイ行きをあきらめる

20日

0さんが朝からパソコンに向かい
チケット予約に奮闘2時間。

今日、タイのチェンマイに移動
この国2大祭りのひとつ
ローイカトーンを見る予定でいた。

ところが、
飛行機の直行便はない。
タイへ入国してから、
ウドンターニー市の飛行場からのチケットも満杯。

ビジネスクラスでならないことはないというが、
片道4万円もかけては行けない。

バスで12時間を要する。

加えて、
翌日、チェンマイからの帰りのチケットがまったく取れず結局あきらめた。
一旦、バンコクに戻り、
ローイカトーンは明日、改めてアユタヤへ見に行くことにした。

ビエンチャンにて

20日

今、欧米の若者(学生など)の
旅行したいところNo1は
ラオスなのだそうだ。

そのせいかどうか、
ビエンチャンの町にも
大きなリュックを担いで歩く
白人の姿が目立つ。

こちら、ラオスの人々は歩くことをしないそうである。
だから余計に目立つのかもしれない。

ラオスは、
建国450年記念で、
今週一週間は学校官庁は休みだ。

数箇所で大きなイベントが開かれているらしく、
昨日も一昨日も
パトカー先導のVIPバスのために
ところどころで渋滞となった。

海外からの賓客も多いらしい。

そのせいか?
早朝から店が開かれるわけでもなく、
屋台も見られず、
ビエンチャンの町はいたって静かだ。

ラオスの人々は
つらい思いまでして働くということはしないのだとか。
NさんもYさんもそのように言っていた。

だから、人を雇っても長続きしないのだそうだ。
飽きるとすぐにやめてしまう。
1年、1ヶ月、中にはわずか2時間でいなくしまう人もいたとか。

せわしく動き、働く姿など見ない。
もちろん、走っている人を見かけるなど皆無。
どこかのんびりとしている。

日本とほぼ同じ35万キロ平米の広さに
人口わずか600万人。

人々の表情も穏やかそうに見える。

物乞いをする人は全く見かけない。
どこの大都市に見られる
高層ビルは一棟も見られない。

車の洪水も、
道路の整備も、
ブランドショップも
マグドナルドも、
まだまだこれからの国なのだろう。

華やかさと正反対のような
この国、この町が
欧米の若者の心を惹きつけている。

日本に長く住み、
昨年、ビエンチャンに引き上げてきたNさんは
「日本は本当に大変でした。
いま、ラオスに帰ってほっとしていますよ」
と言っていた。











ラオスのこと、ラオス人のことをたくさん聞いた

19日

午前中、自転車を借りてサイクリングをした。
市内をウロウロ2時間ばかり。
お寺巡りをしたいのだが、
昨日、寺の犬に吠えられてあきらめた。

市場などを回り、
道に迷いながらも
昨夜行ったターオルアンにたどり着く。

昨夜入らなかった境内に入る。
回廊は一画は遺跡物の展示、
多くのお坊さんが食事の最中。

これは、特別な日なのだろう
人々が食事を用意、
回廊で数人づつ輪になって
食卓を囲むように食べていた。

午後は0さんの知り合いのNさんが車で迎えに来てくれた。
どこかに案内をしてくれるというのだ。

まずは食事。
車で15分ばかり移動した、
ラオス料理屋。

地鶏の炭焼きがとてもおいしかった。

2時に所用ということで
凱旋門のまん前に事務所を持つ
Yさんに合いに行った。

Nさんに紹介されたYさんは
ラッキーなことに
今回、0さんの目的を果たすのに
十分な情報を提供してくれた。

話を終えたのが午後の4時。
それから、Nさんは車で2時間
郊外をドライブしてくれた。

6時からは
メコン川沿いのレストラン(ラオス料理屋)で夕食。

Nさんは長く日本に住み、
仕事をされていた帰国ラオス人。

Yさんは25年間も
東南アジアを中心に
駐在生活をされた方だ。

お二人からはラオスのこと、
ラオス人のこと、
そして日本人について
多くの話を聞くことができた。









ラオス建国450年記念大イベントは大音響の中で・・・・

18日

10時にタワーに上る。
高さでは東京タワーをしのぐ。
しかも、数十メートルはある
山の上にたつので展望もすばらしい。

昨夜感動で見た
ペトロナスツインタワーもほぼ同じ高さの位置で目の前だ。

11時半、H社へ行く。
ここで、0さんが
飛行機の搭乗時間の間違いに気ずいた。

3時40発と思っていたのが
実際は1時40分発だったのだ。

挨拶もそこそこに、
タクシーに乗り込み、
大慌てで空港に向かった。

ラオス(ビエンチャン)へは午後4時に到着した。
空港から市の中心部まではタクシー。
代金は65,000リンキット(約750円)。

直接、宿に交渉して宿泊決定。
それほど大げさではなく、
要するに空いていたのだ。

ビエンチャンの街は
高いビルもなく、
シンガポールや、マレーシアなのど
大都市からはかけ離れている状態。

タイの田舎町の商店街といったところか。
人の暮らし、温ろみが肌で感じられるようなところだ。

早速、0さんの知り合いの旅行代理店に挨拶に。

メコン川沿いの屋台で早めの夕食を食べ、
日本人経営の飲み屋で時間調整。

そのあと
ジャンボ(馬車の馬をバイクに変えたような乗り物)に乗って
タートルアンという寺に行く。

ここは、この国ラオスの聖地みたいなもの。
寺の総本山らしい。

ラッキーなことに、
今日はラオス建国450年記念祭りで
タートルアンで大イベントが行われているというのだ。

ジャンボに乗って15分ほどでタートルアンに到着した。
すでに多くの人がイベント会場に向け行列を作っている。

会場の広場の入り口でチェックを受け入る。

すざましい騒音だ。
多くのブース(テント)が出展(店)、
それぞれが何かイベント等を開催しているのだが、
片方がマイクの大音響で何かしゃべっていると
隣、あるいは対面のブースでは負けじと
更なる大音響でしゃべる。

それが次から次への連鎖だからたまらないほどの騒音だ。
隣でしゃべる0さんの声も聞こえやしない。

加えて、大音響の音楽や踊り。
広大な広場、イベント会場、各ブースとも
ぎっしりの人。

家族連れも多い。

なぜか黄色の僧衣の若いお坊さん(小坊主?)もたくさんいる。
でも、若い坊さんたちは、楽しむというより
真剣なまなざしでただ見ているだけ。

まだ、中学生か高校生の年代で、
本当は一緒に興じたいのだ。
そんな眼差しに見えた。

シンガポールもクアラルンプール(マレーシア)も
Bランクのホテルに泊まったせいか
パソコンが繋がらなかった。



17日

朝食後、
昨夜見た、あの巨大な船を屋上においてしまったビル(マリーナベイサンズホテル)へ行った。
屋上の船からはシンガポールを一望できる。

林立するビルと、
建設中の幾本ものクレーン。

まさに、発展中!

展望を楽しんだ後は
地下にあるカジノへ。

多くの人で賑わうカジノ。
0さんも小銭を賭けて
スロットマシンに挑戦。

あっという間に
日本円で6000円を稼いだ。

仕事でH社の事務所に。
2時間ばかりで打ち合わせを終え空港へ向かう。



16日

シンガポールの宿泊ホテルに到着したのは
せうでに、夜の10時を回っていた。

おまけに雨もぱらついている。

荷物を部屋に置き、
落ち着く間もなく、
町へ繰り出す。

シンガポールの名所を歩き、
ダウンタウンへ。










今日夕方シンガポール着、明日はマレーシアに移動

16日(今日)の予定

9時にチェックアウト、
0さんの仕事で旅行業者を1件だけ訪問。
昼食後2時にはスワンナプーム空港に行く。

4時の飛行機で
シンガポールに行く予定。

滞在は一日(泊)のみ。
明日夕方には次のマレーシアに移動。

何だか、忙しいビジネスマンみたいだ。

スワンナプーム空港への交通手段は
何にするのだろうか楽しみだ。

バス、タクシー、BTS(高架電車)

バンコクへの戻りは22日の予定。

人体標本博物館

15日

①人体の標本が見られる博物館に行った。
“人体標本博物館”?
たしか、そんなような名前だった。

タイで最も大きく、
有名な病院の中にある。

博物館は古い建物の3階にあった。
ノートに名前などを記帳する。

午前中ということもあってか、
今日はまだ10人にも満たない見学者だ。

ガイドブックなどに、
珍しい博物館、
殺人犯の遺体がある。
などと紹介されていて、
もの好きが見に来るらしい。

僕ももちろんその一人だし、
在タイ中から行きたかった博物館だ。
入場は無料。

しかし、
展示されている標本は
いたって真面目な、
地味なといったほうがいいかな・・・。

学術的と思われる人体の標本(あたり前)で
骨を組みたてたもの、
胎児などのホルマリンづけのようなもにばかりで、
まったく面白くない。

それに、
殺人犯の遺体などもなかったなァ。


②M‘社とT社

0さんとM社へ行く。、
僕が2年余りお世話になった会社だ。

0さんと社長と仕事の打ち合わせ。
日本(東京)とタイ(バンコク)を
ネットを駆使しての本つくりと
営業活動を行っていこうという目論見を、
さらに発展させようとの魂胆だ。

リタイア年齢と30歳を超えたばかりの両社長。
どちらも頑張っている。

T社はバンコクの旅行代理店。
日本人の経営で会社設立35年になる。

先週、僕が挨拶に寄った会社だ。
その社長Sさんと0さんを引き合わせた。

どちらもアイデアマン、
ハイテクに強く、
簡単なパソコンなら
自分で組み立てるとか。

同業者同士、話は盛り上がり
たちまち2時間が過ぎた。

③BTSの新駅

バンコク市内を走る高架鉄道(モノレール)は
いまや、通勤の足、渋滞緩和の大事な交通機関。

市内の移動には
とても便利な乗り物だ。

路線のひとつが2駅延長となったのは最近のこと。
新駅を見てみよう、行ってみようということになった。

といっても、
お金をかけるわけでもなく、
時間をそれほどかけるわけでもない。

新しい終点まで行って、
降りずに帰って、そのまま次の目的地まで
行ってしまおうというだけのことだ。

結果は
別段、何もなかった。
ただ、新駅のまわりに
高層マンションがいくつも立ち並んでいた。

0さんは仕事の上から、
僕は単なる野次馬根性から
二人は一致した行動をとった訳なのだ。


明日から、
シンガポール、マレーシア、ラオス
と回る予定。

また、21日はできれば
チェンマイかスコータイで
ローイカトン(タイの2大祭りのひとつ)を
見る予定。

ナット状況がわからないので、
ブログはできるかどうか不明だ。















笑顔と喜びと、感動にあふれた卒業風景を見た

14日

①大学の卒業式

バンコクの中心部から
車で40キロほどのところに
ラチャモンコン大学がある。

散歩がてら
学生街をうろついていると、
レース状のガウンのようなものを羽織った学生が
次から次へと笑顔いっぱいで歩いてくる。

「今日は、
卒業式なのですか?
それとも、入学式?」

タイ語で質問したいいたいところだが、
辞書を開きながら聞いた。

××「卒業式です」

「それは、おめでとう」

××「私、日本語できません」
顔を赤くしながら女子学生さんは
走り去ってしまった。

早速、大学へ侵入することに。

校門を入るとすぐに大きなテントが張られ
屋台が並んでいる。

売られているもの見ると
卒業記念グッズだ。
花束、人形、額縁・・・・
どれも派手な色合い。

燦燦と輝く太陽の下、
緑に囲まれた広いキャンパスの中に、
学生たちの白い衣装が鮮やかだ。

さらに奥の校舎に行くと、
多くの学生たちで賑わいでいた。

捕まえた卒業生の周りを、
10人前後の学生たちがとり囲んで、
打楽器をバンバン打ち鳴らし、
何かを歌(叫び)いながら踊り狂う?

卒業生を祝う
恒例行事の一つなのだろう。
囲んだ学生たちは
多分、在校生で何かのサークル活動のグループだと思われる。
最後は
「ありがとう」
の歌が終わると募金箱が出されて
卒業生がお金を入れていた。

そんな光景があちらこちらで見られる。

キャンパス中が
笑顔と喜びと、
感動と興奮にあふれているのがわかる。

タイの大学の卒業式には
必ず王室のどなたかが出席される。
そのようなこともあって、
あらかじめ(早めに)
日程を決めることが困難なのだと聞いたことがある。

だから、今日のように
卒業式の日に来たことはラッキーなことなのだ。



②在タイ中、2年ほど住んだ友人宅に行った。
近くのガラス工場には
巨大なスタジアムが建設され、
運河にはサイクリング道路が整備され、
道路も片側3車線が4車線に、
そして空き家だった隣家が埋まるなど
2年足らずの間に、
街は確実に変化していた。

毎日、早朝一緒に通勤した
コンビ二の親父さん(高校の先生)も、
定年を迎え、
来年からは
チャラロンコン大学の講師に決まったそうだ。

チャラロンコン大学は、
タイでいちばんの国立大学だ。


③0さんが知り合いの旅行会社の社長さんと
レストランでの夕食だ。

僕までご相伴にあづかるのは
本当は気が引けなくてはならないのだが、
美味しいものが食べられるのなら、
そんなことは気にかけない。

海老、蟹、魚・・・・・
とっても美味しかった。








乗ってみたかった船と高いコーヒー、安い屋台

12日夜のこと

日本から旅行できた
同業者(旅行関連)の女性3人が
有名な歓楽街を覗いてみたいという。

バンコクには有名な歓楽街が
3箇所ある。
ほとんどは外国人男性向けの店で、
所謂、ゴーゴーバーだ。

水着(古い言い方だがビキニ)姿の女性が
中央に設けられたカウンターのようなところで
踊りながら客から指名されるのを待つ。

客は1杯飲みながら観賞するだけでもいい。
大爆音の音楽のリズムで
バンコクを訪れる男性なら
一度は案内されるところだろう。

旅行業者の女性担当者が
行ってみたいという言うのは
商売柄か?

Oさんと待ち合わせ場所に行ってみたら
すでに男性(社の現地採用の担当者らしい)と
店の中で飲み始めていた。

僕は15分あまりで失礼したが、
Oさんは仕事上もあって、
その後、食事、さらには別なクラブへも行き、
最後までお付き合いしたそうだ。


13日

①病院のこと

Oさんの足の甲が腫れて痛むという。
今朝は予定を変更後、
Oさんは病院へ行くことになった。

1時間半ほどで、
Oさんは戻ってきた。
足の腫れは別段心配するほどのことではないらしい。

しきりに感心していたのは
病院の治療器具の進んでいること。
血液検査の結果まで、1時間も待たずに
完璧に出てきたそうだ。

②A旅行代理店

昼食を兼ねての歓談・打ち合わせに
A旅行代理店へ行った。

昨日もそうであったが、
皆、日本語が上手なので、
僕でも話に参加できて助かる。

ここの社長さんは女性で、
ご主人は日本人。
某大手ホテルの副支配人で、
僕も以前お会いしたとのある人だ。

2時間を超える歓談の終わりのほうに
その後主人が現われ
またまた話が弾んだ。

③パンティット・プラザ

ハイテク商品・製品を取り扱う店が
ぎっしりと詰まっている大きなビル。

秋葉原に専門店がひとつのビルの中にあると
思えばいい。

最先端であり、揃っており、安い。
秋葉原と同じように、
多くの外国人も訪れる。

Oさんとパソコンの周辺機器などを見に行った。
ここはいつ行っても
たくさんの人だ。

近くに大学やモール(小さな店の集まり)もあり
若者たちであふれている。
すぐ前で建設中のビルの名前は
SHIBUYA19だ。
1と9の間に0がないのがミソ。

④船に乗って帰る

プラザのビルの裏側は
川になっており
定期船が交通手段として利用されている。

川はもともと運河で、
かっては市内を何本も流れ、
重要な交通手段となっていたらしい。

この船に乗って行っても
ホテル近くまでいけるというので
船に乗ることにした。

じつは、僕が2年余りの在タイ中も、
ついにこの運河を走る定期船に乗る機会がなく、
一度は乗ってみたいと思っていたのだ。

幅が10メートルちょっとしかないような
狭い川にこの船が通ると、
波が荒れるように立ち、
それがコンクリートの岸にぶつかるのを
見るのはなかなか壮観だ。

その船が行き交うときは
さらにすごく、
水しぶきがたつ。

船はちょうど退社時間で超満員。
後ろのほうでは数十人が立っている。

水しぶきがかからぬよう
走り出すと同時に
両側はビニールシートで覆われる。

船賃は29バーツ(約100円)で
バスなどの交通機関に比べると
やや高めか。

⑤その他

今日は時間調整もあって
5星ホテルのラウンジでコーヒーを飲んだ。
これが、一杯200バーツ(約720円)。

こちらでは、親子4人の生活費が一日300バーツにも満たないという家も
まだ多いと聞いたことがある。

夕食は屋台。
昨夜も今日もだ。
僕はこの屋台が大好き。

タイ料理である。
30バーツ(約100円)と安い。
種類が豊富。
何よりもふれあいを感じる。

屋台があれば
日本中どこでにでもある
“ふれあい広場”はいらなくなる?

関係ないか・・・。










変わった風景と変わらぬ人々

  • Posted by: ゴロー
  • 2010-11-12 Fri 14:08:41
  • 体験
11日、朝6時にバンコクの空港に到着。
O氏(今回の同行者)の知人が車で、
迎えに来てくれている。

渋滞の中、2時間半をかけてホテルに到着。
それでも、8時半だ。

早速2時間ばかり、
今後の行動の打ち合わせ。
それでも、10時半だ。

寝ている最中に
目的地についてしまうというのは
時間をたっぷり使える。
羽田発の夜中の便が
満席であったのもうなずける。

さて、
iPadは使えたか。
残念、
まだ、いまのところ無線ラン?が繋がらない。

今日のブログ書き込みは
ホテルロビーのパソコンでやっている。
そして、写真の添付も不可だ。

バンコク滞在中の2007~2009年、
2年余り通ったオフィスのあるビルに行った。

「サワディ・カー」
僕が正面玄関を入ると、
ロビーの喫茶室のお姉さん2人が
ニコッとして挨拶をしてくれる。

覚えていてくれたんだ。
毎日のように、このロビーのコーヒーを飲んだ。

当時、息抜きの油売りに通った
同じフロアの旅行代理店に顔を出した。
この会社は日本人経営で、
社長ほか、日本人スタッフ2人タイ人スタッフが5、6人いる。

みな、温かい笑顔で挨拶を返してくれた。
タイ人は出入りが激しいといわれるが、
ここの社員は皆、変わらない。

社長との話も弾んで
あっという間に1時間だ。

1階の食堂を覗いた。
テーブルで、食事をしていたのは
果物売りのおばさん。

僕の顔を見ると
立ち上がっての歓迎ぶりだ。

昨年の2月から、
1年9ヶ月ぶりなのに・・・・。

毎日のように、
ここで果物、
それも、スイカを注文する
変わった日本人を忘れていないのだ。

ところで、
オフィスのあるビルの前に
同じような高さ、40階はありそうな
高層ビルが出来上がりつつあった。

ホテルになるという。
また、BTSの駅をはさんであった
15年もストップしていた高層ビルが
そのままの状態から工事を続行しだしている。

大丈夫なの?
それにこのビル、ほんの少し傾いている。
と、以前から僕はそう見ている。
同じような、高層ビルが隣あわせにあるのだが、
ビルとビルの間の空間を出来るだけ詰め、
上部から下部に目を移していくと、
2本のラインがくっついてしまうのだ。

いづれにせよ、
以前に比べて風景は一変した。
人々の心は変わらないのに・・・・。

友人の経営する会社に顔を出す前に
懐かしいチャオプラヤー川を見に行った。
茶色の水は
雨季の終わりのこの季節ならでは。

流れも速く、
巨大な金魚草が無数に流れている。

社長の会社の人たちも
皆、もちろん顔で迎えてくれた。


12日、朝食後O氏と今日の行動についての打ち合わせ。

午前中、O氏が所用を済ませている間、
僕はホテルのパソコンを使用してのブログの書き込みだ。
あっという間に2時間がたってしまった。

昼食は屋台だ。
安くていい。
何より、
野外で食べるのは開放的でいい。

街中でピクニックと思ってもいい。
今日の昼食はご飯の上に
油たっぶりで焼いた卵を乗せたもの。

シンプルだが美味しい。
値段は30バーツ、約100円だ。

午後は、
O氏の営業にお付き合い。

タイの旅行会社の人たち3人と打ち合わせだ。

名刺もらっても、
タイの人たちの名前を本名で呼ぶことはない。
みな、ニックネームだ。

これはタイ人同士でも同じ。

名前が長く、特に日本人には発音が難しい。

みな、ニックネームを持っている。

だから、今日も名刺をもらった後
すぐにニックネームを聞いてメモった。

“ダッ”“コ”“エム”が今日あった3人だ。

ちなみに、これまであった人たちのニックネームには、
メー、キャット、オー、オム、オイ、ヌイ、アパ、ルン、
クイーン、エー、ファ・・・・・・・。

僕は誰の本名も知らない。













今日から行ってきます

今、準備が終わった。
準備と言っても、衣類と洗面用具
ぐらいだが・・・。

行き先は東南アジア4ヶ国。
2週間の予定で行く。

iPadは上手く使うことができるか?
写真添付は?

メモリーから写真データを取り込む
器具が注文寄せということで、
とても間に合わない。

携帯で写真を撮った写真を送信し、
それをブログに添付すれば
写真掲載も可能とのこと。
しかし、
僕は携帯で写真を撮ったことがない。

まァ、始めていく国もあるようだし、
始めてづくしもいいかも・・・。

02.2.21タンブン (73)
タイ アユタヤの古いお寺にて(2008年)




やっとの思いの2題。「暗夜行路」とiPad

  • Posted by: ゴロー
  • 2010-11-09 Tue 22:31:12
10.11.7ブログ用暗夜行路

やっと意味は2つ。
ひとつは、やっと読んだ『暗夜行路』。
もうひとつは、やっと繋がったiPad

①『暗夜行路』

多分、中学の頃から
教科書にも載っていた?
志賀直哉の代表作。

いつかは読まねばと思い続けて、
40年以上だ。

純文学ってどんな?

それほど長い本ではなく、
それほど難しい内容ではないが、
一気に読むのは難しい。

何行か読むと、
続きは明日(後で)、
という気持ちになってしまう。

やっとの思いで読み終えたのだ。

同じ作家の
短編もいくつか読んだ。
これは一気に読める。


iPad.jpg

②iPad接続


我が家の電波発信機(ルーター)
がiPadと相性が悪いらしく、
インターネットに接続できない。

一昨日はパソコンに詳しい友人にやってもらい、
今日はNTTの遠隔操作だ。

遠隔操作をしてもらうというのも始めての経験。
電話でのやり取りも2時間半だ。

一昨日と今日との
費やした時間をあわせれば
7時間に及ぶ。

やっと接続することができた。




今日のカット       ツララ(2005年11月撮影)
画像 037

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