- 2016-01-27 Wed 22:41:31
- 食にかかわること

赤カブは今夜さっそく酢漬けにして食べた。
美味しいと家内の評判も上々。
モチ、作ったのは僕です。

結局24代目から買ったのは5品。
赤カブ、大根、ニンジン、鷹の爪、ゴマ。
いずれも100円だ。
★赤カブから山吹伝説発祥の地まで
農家の家先や畑の前に出ている野菜の直販屋台。
たいていは100均だ。
この2、3日雪の影響でスーパーの野菜が高いと聞いたので、
ちょいと覗いてみた。
棚からごまと鷹の爪を手にしたところにやって来たのは屋台のオーナー。
つまり農家の親父さんだ。
一輪車に野菜を積んでいる。
これから屋台に補充するつもりらしい。
*
ゴロー××「このゴマは白ゴマなの?黒ゴマなの?」
親父さん××「ゴールドだよ。黄金なの」
ゴロー××「へェー。白でも黒でもないんだ。このままかけて食べれるのね?」
親父さん××「そのままじゃだめだよ。炒らなきゃ。生のまんまだよそれは」
*
親父さんが運んでいた赤カブの食べ方聞いているうちに料理ってみたくなった。
そのほか一輪車の中から3品を買う。
結局、棚の2品とあわせて5品を買い計500円。
それに気を良くした?のか親父さんはいろいろと話を聞かせてくれた。
*
聞けば、親父さんの家は24代目。
代々甚右衛門か七右衛門を代わりばんこに名乗っているそうで、
親父さんは24代目甚右衛門。
初代の先祖がこの地にきたのは太田道灌よりも早かったのだとか。
親父さんの家は明治維新までは武家であった。
戦国時代は真田の家来であり家紋は丸に大。
真田の合戦で六文銭に混じって丸に大の家紋が見えたらそれは親父さんの先祖。
先祖は高野山の出であり先祖の住まいは九度山のふもとにあった。
そこの地名が向(むかい)であり、初代七右衛門が関東へ下った際、
向の地名をそのままこちらで使った。
このあたり一帯を向というのはそのような理由なのだ・・・とか。
*
かっては何町歩あったかわからぬほどあたり一帯は親父さんの先祖の土地だった。
その頃は屋敷も城と言われていたくらい壮大であったらしい。
さらに親父さんの説によると
“七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき”の歌の謂れは自分の土地
(直線距離で数百メートルの現在の県道2号線あたり)で起きたことだと言う。
ゴロー××「それって越生じゃなかったっけ?」
親父さん××「違うね。ここだ」
※太田道灌が鷹狩の際に俄雨にあったときの山吹伝説は越生の他にも各地に残り、
東京都豊島区高田、東京都荒川区町屋、
神奈川県横浜市六浦などの伝承地があります・・・・ネットより。
諸説あるのだろうけど、さいたま市の西区が山吹伝説の地だとは・・・・・
僕にも自慢話が一つできたような。
暖かい日を浴びながら1時間、そんな話を興味深く聞いた。
好きなんだなァ、僕はこんな話を聞くのが・・・・。
☆
★今日のメモ2題

①水の上にも若葉かな

②ガソリン101円、あと一息。
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