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本「辰巳八景」 山本一力

  • Posted by: ゴロー
  • 2016-02-21 Sun 19:36:59
16.2.21 本「辰巳八景」 (6)
辰巳とは昔の洲崎(深川)方面を指す。

★本「辰巳八景」 山本一力

公立図書館のある西部文化センターまでは
家から歩いて10分もかからない。

その図書館で2週間ほど前に
タイトルに惹かれたて借りた本だ。



辰巳とは昔の洲崎(深川)方面を指す。
僕がまだ小学生のころは洲崎大門もあったし、
辰巳芸者という言葉も生きていたと思う。

小説の中に出てくる永代橋、深川八幡などもすぐに頭に浮かぶので、
あそこだとかフムフムとか何となく納得しながら読めるのがいい。

著者は当時の職業やら習慣などよく調べて書いているようで、
筋(ストーリー)を追うばかりでないのもGoo!

洲崎は元禄時代に埋め立てられた土地だ。
※洲崎(すさき)は、東京都江東区東陽一丁目の旧町名で、
ここは元禄年間(1688~1704)に埋め立てらた土地で[1]、
古くは「深川洲崎十万坪」と呼ばれた海を望む景勝地。
明治21年(1888)に根津から遊郭が移転し[1]、
1958年(昭和33年)の売春防止法成立まで吉原と並ぶ都内の代表的な遊廓が設置され、
特に戦後は「洲崎パラダイス」の名で遊客に親しまれた歓楽街であった(wikipedia)。

      *

映画「洲崎パラダイス赤信号」川島雄三監督は1956年の作品で
当時の様子が映像でよくわかる。

僕が小学生のころ洲崎大門にお使いに出されたことがある。
当時、叔母が大門の中で小料理屋をやっていて、
何かの伝言を父から頼まれたのだろう。

2階の部屋から顔を出した叔母の顔がいまでも印象に残っている。
叔母は大門の遊郭が閉鎖されたあと、
門前仲町の交差点で飲み屋をやっていた。

今は三菱UFJの銀行になっている交差点(の角)は
小さな飲み屋が何軒もあった場所だ。

※「東京レトロ散歩」というブログで2009年8月5日(掲載)の洲崎の様子がわかる↓
今も残る赤線時代の建物「洲崎パラダイス」・・・で検索を。
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