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清澄3丁目はそのまんま変わらぬ風景

16.10.30 玲子納骨・パンク  (9)
僕が物心ついて以来変わらぬ清澄3丁目。
建物の後ろの緑(樹木)は清澄庭園。

★感動度★★★ もう一度いきたい度★★★

僕の実家から歩いても5分とかからぬ所にこの建物群はある。
以下、適切なブログがあったので引用させてもらう。

ブログ名は"東京の古い町並み"。
そのトップページから江東区をクイックする。
アドレスは http://www.geocities.jp/tokyo_oh_net/index.html  ↓

●関東大震災の教訓
 清澄白河駅のA3出口を出てしばらく歩くと,驚きました。
看板建築風の建物が30数棟ズラリと並んでいるのです。
関東大震災後,絶対に壊れない住宅を,
ということで昭和3年に「強固な鉄筋」で造ったそうです。
鉄筋2階建てで,5~6軒で一つの棟を造り,
次の棟との間に空き地を造りました。
これは延焼をすこしでも防ぐためです。
さらに地下室を造り,屋上は隣の家に避難できるようにしてあります。
これらはすべて関東大震災の教訓から造られました。
(※ブログ東京の古い町並みより)。

      *

僕が生まれてからも71年、
ほぼ変わらずにあるのだ。

30数棟の中に小学校、中学校の同窓生が数人、
高校まで同じだった人もいる。

      *

昭和48年に区役所が現在の東陽町に越すまでは、
区の中心部は実はこのあたりだった。
区役所も警察署も図書館も歩いて2、3分の場所だったのだ。

しかし、区役所が引っ越してしまうと中心は区の東方へ移った。
この辺りはすっかり発展から取り残されたようになってしまったのだ。

      *

それが幸いしてか、このあたり(清澄白河)昭和の下町風情が残ったのだ。
区役所のあとは江戸資料館となり、三好通りが残り、
近くの門前仲町、清澄庭園も加わって下町ブームが生まれたのだ。

最近は美味しいコーヒーで脚光を浴びているようである。

      *

なお"東京の古い町並み"のブログの主は、
東京中の古い町並みの中から
特別に「感動度」と「もう一度行きたい度」
を星の数で採点しているのだが、
清澄3丁目はそれぞれ3つ星をもらっている。
(感動度★★★ もう一度いきたい度★★★)。

3つ星をもらっている東京の街並みはごく少ない。
なお、全ページを検索したところ、
4つ星はひとつ(浅草)、
5つ星もひとつ(しょんべん横丁)だけだった。
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