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なぜ我楽多(ガラクタ)は残るのだろう・・・・木のバッグと我楽多の定義

16.11.15 我楽多 (84)
16.11.15 我楽多 (85)
木でできたバッグ(名は不明)。
お弁当箱か?
数年前いや、もう十年以上前になるかもしれない。
どこで買ったか覚えていないが東南アジアのどこかの国であることは間違いない。
形がいい。色艶がいい。漆か?
土産用に作るとは思えないから実際に使用しているものなのだと思われる。
僕も使おうと思って買った。

★なぜ我楽多は残るのだろう?

我楽多(ガラクタ)と字を当てる。

※我楽多(ガラクタ)の定義
①本人以外に何ら価値がわからない
②金銭・骨董的価値は不明もしくはゼロ
③幾多の困難を乗り越え年月を経たもの

      *

昨年の引っ越しの際にずい分と荷物を整理した。
つまり捨てた。

古い衣類、長年使わなかったもの等々・・・・。

      *

これまでも、部屋を換える、家を出る、引っ越すとかのたびに、
ものを整理している。

面白いことに、
そうした幾たびかの危機を乗り越えて残るのがガラクタなのだ。

なぜ我楽多は残るのだろう?
必要なものは使用するし、古くなったら買い替えたりするけど、
生活に必要でないものはどこか隅のほうに追いやられる。

それでも、邪魔なものはことあるごとに整理されてしまうが、
邪魔とまでいかず、小さくて思い出を宿すもの。
捨てずに残されるもの・・それが我楽多(ガラクタ)となる。

本人には大切な思い出なのだが、
他人にとってはまさにガラクタそのもの。

      *

我楽多(ガラクタ)には旅した時に買った記念のお土産が圧倒的に多い。
自身の旅、知人からお土産に貰ったもの・・・・・・。

自分の思い出は大事にしたい。
そんな気持ちで幾たびかの危機を乗り越えたが我楽多も、
いつかは整理をしなくてはならない時が来る。

      *

衣装ケース7つほどの僕のガラクタを整理しなくてはならなくなった。
結局半日かかって4つ分を破棄した。

どれも思い出の品のはずなのだが、
すっかり忘れてしまっているものも多い。

加えて4、5年前に整理した我楽多(の写真)もどこかにある。
そんな我楽多(ガラクタ)にまつわる思い出だ。

      *

そこで、我楽多(ガラクタ)の定義だ。
①本人以外に何ら価値がない
②金銭・骨董的価値は不明もしくはゼロ
③幾多の困難を乗り越え年月を経たもの
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