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夢の島埋め立て現場へ・・・・・・1950年代の幻

スキャン_20170730
監督、作業員、そして我々を載せたダルマ舟は塩浜へ帰る。

★あの監督の野郎を・・・・・

あれはいつ頃のことだったか?
塩浜からダルマ舟に乗った。

同船していたのは作業服を着た男たち。
現場監督らしい背広を着た若い男。

そして家の職人。
と言っても兄2人と僕のことだが。

現場監督は大手建設会社の社員、
男たちは下請け中堅建設会社の作業員、
そして建設会社から直接仕事を頼まれていた我が家(××商店)。

舟は夢の島へ向かう。
夢の島とは東京都民が毎日排出するごみの集積場(捨て場)だ。

まだ、ごみ焼却場が皆無に近いころで、
大半のごみが東京湾(夢の島)に捨てられていた。

その夢の島が満杯になったので、
上から土をかぶせで埋め立てる仕事が出来た。

大手建設会社は、
まず夢の島にとりあえず仮作業場を作ることにした。

仮作業場と言っても、道具や荷物を置いたり、
作業員を休ませるための掘っ立て小屋だ。

××商店はその掘っ立て小屋にトタンを張る仕事を
大手建設会社から頼まれたのだ。

      *

ダルマ舟は30分かあるいは小1時間も乗ったろうか。
夢の島の端に着けられ我々は下りた。

周囲をコンクリート?で囲われた広大な島はあと少しを残して満杯となる。
残されたスペースには水が溜まっていて池のようになっていた。

作業員の一人が「ハゼがいくらでも釣れるんだ」と言った。
それが水たまりでなのか囲いの外の海でなのかは定かでない。

ゴミの臭いはあまり気にならなかったが、
ハエがすごかった。
とにかくハエだらけだった。

      *

昼になって弁当を広げた。
すぐにハエが弁当に群がる。

一匹や2匹ではない。
数十匹のハエだ。

それを手で追い払い、その瞬間に箸でご飯をつまむ。
弁当を食べ終わるまでに何回となくそれを繰り返さねければならなかった。

      *

やがて夕方近くなり作業を終える時間となった。、
監督、作業員、そして我々を載せたダルマ舟は塩浜へ帰る。

その時、船着き場に集まった作業員たちの話し声が聞こえた。
「この仕事が終わったら、あの監督の野郎を海の中へ放り込むんだ」

断片的にか思い出せない幻のような記憶である。

※ウキペディアより=1950年代、東京都内でごみが急増し始め、
それに対応するため東京都は当地をごみ処分場として決定し、
1957年(昭和32年)12月には埋め立てが開始された。
(夢の島 - 14号埋立地(江東区)(1957年~1967年埋め立て)

      *

※ゴローの記憶遺産"について
何のことはない、古い昔の思い出の掲載だ。
写真はプリントからとデータからのがある。
モチ、プリントはデータより古く20年前以前のもの。
写真も思い出話も押し付けるようで迷惑だとは思う。
しかし、溜まった写真・データを掘り起こすのは
年寄り(僕のこと)の楽しみのひとつなのだ。
なくべく厳選し、面白い内容にしたい。
さらに、このカテゴリーが僕のボケ防止の役に立てば幸いなのである。
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