Home > さよなら > 円安は海外に住む日本人には・・・。ガリ版先生逝く

円安は海外に住む日本人には・・・。ガリ版先生逝く

★円安は海外に住む日本人にはコタエル

明日、早朝のオンライナー(バス)で成田へ向かう。
今回もベトナム航空を使う。
途中、ハノイ空港で乗り換えがあり、
ビエンチャンのワッタイ空港到着は現地時間の午後6時(時差は2時間)予定。

   *

アパートの部屋をきれいに片付けてきてしまったので、
夜の7時過ぎに帰ってもすぐに寝ることは出来ない。

で、もしかしたら1泊は近くのホテルに泊まるかもしれない。
安ホテルは1泊100000キープ(約1100円)ほどだ。
このところの円安で10パーセントほど高くなっているのではなかろうか?

   *

円安は海外に住む日本人にはコタエルはずだ。
とくに僕みたいな貧乏生活者には影響が大きい。

1ヶ月50000円の生活費(生徒の教材費含む)が
10パーセント違えば45000円になってしまうのだ。

ラオスの生活で5000円は大きい。
僕の食費は1日400円。
およそ12日分に相当する。

ビエンチャンに住む年金生活をしている仲間たちとの話題は
もう決まってしまったようなものだ。

    ☆

★明日はブログ休みます。

    ☆

CIMG6978.jpg
いつまでも教え子たちに慕われ続けた先生であったことは間違いない

★ガリ版先生逝く

前澤和明先生が亡くなられたのは昨年の1月のことだ。
僕は昨年暮れに来た喪中のはがきを受け取って知った。

前澤先生は中央区の月島第3小学校を皮切りに
定年を迎えるまで小学校の先生一筋だった。

八丈島の勤務時代もあったらしく、
島での懐かしい思い出話を聞いたこともある。

    *

僕が先生に始めてお会いしてから20年以上がたつ。
まだ現役であり当時は杉並区の小学校に勤務していた。

教育者として熱心そのもの。

僕が驚き感動したのは、
受け持ったクラスの学級新聞を
毎日発行していたことだ。
(僕は毎日だったと記憶している)
しかも全て手書きのガリ版刷りなのだ。

その学級新聞を全号自宅に保管。
教え子が先生を訪ねてくれば
いつでも見ることが出来るようしていた。

70歳を過ぎてからでも、
年賀状のやり取りは毎年700枚を超えるのだと言っていた。
いつまでも教え子たちに慕われ続けた先生であったことは間違いない。

いっぽうで、先生は型破り先生でも名をはせていた?
児童にマラソンを走らせて
校長とモメていたような話をしていたこともある。

生徒にマラソンを走らせるのは危険
というのが当時の校長先生の見解であったらしい。

マラソンブームが訪れる前の時代である。

また、フルマラソン(42.195キロ)もいまでこそ何回も走る人がいるが、
“フル100楽走会”を立ち上げたのも前澤先生だった。

“フル100楽走会”とは文字通りフルマラソンを100回走ろうという会だ。
モチ、先生もフルを100回以上完走している。

その他にも当時から“日本小鳥の会”をはじめ、
いくつもの会を立ち上げ会長となっていた。

いずれもボランティアに近いものであったが、
ただ、ミニチュアダックスフンド(犬)だけは、
多少の売り上げになっていたと先生の口から聞いた。
     *

僕に会うとき(も)先生はいつでもペンを手にしていた。

飛行機やら列車で一緒になってお互い話に興じているときでさえ、、
先生は何かしら書いて(考えて)いたのだ。

前澤先生のエピソードを集めたら、
面白い本になったかも。

・・・・・・・合掌。



スポンサーサイト

Comments: 0

Comment Form
Only inform the site author.

Trackback+Pingback: 0

TrackBack URL for this entry
http://blog56565656kokonoki.blog27.fc2.com/tb.php/955-4561cf60
Listed below are links to weblogs that reference
円安は海外に住む日本人には・・・。ガリ版先生逝く from ゴローの「ここの記」日記

Home > さよなら > 円安は海外に住む日本人には・・・。ガリ版先生逝く

タグクラウド
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Return to page top